セルロイド・ラヴァ‘S
羽鳥さんは駅に向かい歩き出してから一度振り返った。私が手を振って見せると、向こうも手を軽く上げ遠ざかってく。・・・なんだか学生時代の恋愛を思い出した。甘酸っぱくて懐かしい。

お店の灯りを落とし、奥のプライベートホームに愁一さんと戻る。私はキッチンの流しで洗い物を片付けていた。

「・・・睦月」

頭の上で呼ばれ、後ろから胸の辺りに回された両腕でやんわり抱き竦められる。

「すぐ終わるから。ちょっと待ってね」

宥めるような口調で軽く。すると肩口に愁一さんの顔が埋まり抱く腕に力が籠る。少し様子が違
う気がしたから訊ねようとして、抑えた静かな声がした。

「・・・君も、僕が都合よく躰だけ欲しがってると思ってる?羽鳥君に抱かせても平気な男だと思うのかな」

・・・ああ。あんな風に澱みなく言ってみせても平然といられた訳じゃない。少し安心した。とても『普通』の反応で。

「・・・じゃあ愁一さんは、私が羽鳥さんと二股かけてるって思ってた?」
 
「そんなこと思ってもないよ」

「私も同じ」

中断していた手を動かし始めながら柔らかく返した。

「・・・多分ね愁一さんの言ってること分かってる。・・・と思う」

たとえ他の人には受け入れ難い恋愛観だったりしても。私が共感できるなら、あるいは許容できるなら。世界から弾き出されたとしても、誰も知らない場所で二人だけで生きてくのも構わない・・・ぐらいには。

羽鳥さんに私がどう見えてるかは想像つくけれど。そんなに優等生でも常識人でもなかったらしい。内心で自分にクスリ。

「だから似てるかも知れない。私と愁一さん」

「・・・うん。僕はずっと思ってたけどね」

どこか安堵と自嘲の響きも入り雑じってる優しい声。

「愛してる・・・睦月」

云わずにはいられなかった。・・・そんな切ない気配を感じて。自然と込み上げてしまった。

「・・・私も愛してる・・・」

好き、じゃなく。初めて『愛してる』って。心のままに愁一さんに贈っていた。
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