セルロイド・ラヴァ‘S
「こんなことを言うと呆れられてしまいそうですが。僕もそんな大層な拘りは無いんですよ」

彼がにこりと笑い返した。

「そうなんですか?」

少し小首を傾げて見せる。

「この家は僕の叔母のもので5年前に亡くなったんです。珈琲店も叔母が趣味で始めたもので。・・・亡くなる前にお店を残して欲しいと頼まれて、脱サラして僕が引き継ぎました」

唐突な話始めだったけれど私はそのまま耳を傾ける。

「知識が何も無かったので専門の学校にも通って、それらしいことは身に付けましたが結局のところ、すべてはお客様の好みですからね。うんちくを並べて豆がどうこうより、その人に合うブレンドを見つけて気に入ってもらえればそれでいいかな、と」

だから、とふんわり微笑む彼。

「その程度の拘りなんですが、美味しいと言っていただけて僕も嬉しいです」

ただの道楽で継いだという訳でもなく。変に肩に力を入れて営んでいる訳でもない。でもお客に対して向き合う姿勢は真面目。・・・そんな風に読み取れた。

釣られるように口許を緩めて少し言葉を選びながら。

「カフェラテとかは外でもよく飲むんですけど、普通に珈琲を頼むことはあんまり無くて。でも本当に飲みやすくて美味しいです。カップもまさかピーターラビットが出てくるとは思いませんでした」

何て言うか。この人の笑顔はちょっと心臓に来るから。それを隠すように饒舌になっている自覚もある。こんなイケメンさんを間近で鑑賞できるのは得した気分だけれど、早々に切り上げて帰ろう。

「叔母が好きだったんですよ。最初はもっと不思議の国のアリスとか可愛らしいものが沢山飾ってありました。ちょっとシンプルに手直しさせてもらいましたけど、カップは女性のお客様限定でお出ししたり。・・・ええと差し支えなければ、お呼びするのに名前を伺っても構いませんか?僕は保科愁一(ほしな しゅういち)といいます」
 
「あ、吉井・・・です。吉井睦月といいます」

あんまり自然な流れでさらっと名乗られて。思わず頭で考えるより先に、そう口に出してしまっていた。

「むつきさん。・・・ああ響きがとても似合ってます。漢字は旧暦の1月の睦月さん、ですか?」
 
「はい、1月生まれなので」

「僕も似たようなものかな。秋に心で愁なんですけど11月生まれですからね」

お互いに目を見合わせて笑い合う。

「睦月さんもやっぱりピーターラビットとかお好きですか」

「そうですね。ディズニーとは違う可愛らしさというか・・・」

そのあとは、保科さん、睦月さん、と時折り呼びかけながら気負いもない会話を楽しんで。気が付いたらとっくに一時間を超えて長居をしてしまってたのだった。
< 6 / 92 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop