セルロイド・ラヴァ‘S
5-1
会社では羽鳥さんとは営業と事務員。彼もその一線はきちんと別ける。定休日を挟んで顔を合わせたけれどお互いに普段どおり。来客や契約が無い限り殆どの時間を外で過ごす人だし、特に気を遣うことも無かった。
 
「吉井さん、目の下のクマさん、ちょっと目立つ」

笠原さんとは机が隣り合わせ。お昼に二人ともお弁当を広げていると、寝不足の顔を彼女にズバリと指摘されてしまう。コンシーラーでかなりカバーしたつもりだったけど。苦笑い。

「・・・つい休みの前と同じに夜更かししちゃって」

「あー分かる。でもアレ30歳過ぎるとけっこうキツくなるから」

「もう来てます」

・・・・・・愁一さんて私より8つも上なのに。疲れ知らずというか、内緒でトレーニングでもしてるのかしら。頭を捻るぐらい体力に底が無い気がする。それより自分を鍛えないと身が持たない。切実に思ったり。



就業時間が9時15分から18時半までの笠原さんが定時で退社した後に、9時半出社の私は15分遅れてタイムカードを打刻する。

「お先に失礼します」

半分は物置になっている更衣室で着替え、数人の営業さん達に声をかける。店長の投げやりっぽい「お疲れさま」っていう声以外、ぼそぼそっと何かが聴こえたか聴こえないか。・・・社会人としてどうなのそれ。溜め息。やっぱり羽鳥さんぐらいなのよね。返事と挨拶がまともに返せる人。

裏口から出たところでその当人と遭遇。ブロック塀越しに隣りのマンションが迫る、すれ違いがやっとの狭い通路で。ドアの上の外灯がその周囲だけ闇をぼかしていた。近くに寄らないと表情までは読み取れないぐらいに。

「・・・お疲れさまです」

「そっか、上がりか」

コート姿の彼。片手にはいつもの鞄、片手にスマホ。

「はい。じゃあ・・・お先です」

 小さく笑んでみせる。

「ん。気を付けて帰れよ」

少し何か言いたげな彼の眼差しには気付かない振りで歩き出す。背中に羽鳥さんがこっちを振り返った気配をどことなく感じた。私は前を向いたまますぐに出た通りを左に。駅に向かって足を止めることはない。

肩掛けのバッグの中でスマホが振動してラインの通知音が耳に届く。開くと羽鳥さんから。“あいしてる”。たった五文字、しかも平仮名。・・・ちょっと不意打ちだった。でも返信はしない。

ふいに緩みそうになった口許を隠したくて、俯き加減にマフラーに顔を埋める私だった。
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