セルロイド・ラヴァ‘S
愁一さんが何かを云ってくれるまでの時間は、断崖絶壁の淵に立たされた心境だった。あと数秒でもう、自ら奈落の底に身を投げ出してしまおうかと。

「・・・泣くほど怖かった?」

指で優しく目尻を拭われた感触に、固く瞑っていた目を恐る恐る開いた。顎を持ち上げられたまま、静かな眼差しでじっと見下ろされてた。やんわりと彼は口の端で微笑む。

「そんなに可愛い真似されたら、僕を妬かせた罰を思い出せなくなるでしょう」

言って愁一さんは顎に下からまた頬に掌をゆっくり滑らせる。

「・・・平気でいられた訳じゃないよ僕は。でもね」

その先は。彼が自分で私の口の中に閉じ込めてしまったから訊けなくなった。すべてを舐め取るみたいに隅から隅まで舌が這って。やがて躰ぜんぶに広がった。

こうされるのが一番分かりやすくていい。言葉よりも率直で。隠しても隠せなくて誤魔化せない。どうでもいいのか、責めたいのか、探りたいのか、壊したいのか。
 

ソファで6分目ほど食べ尽くされた後。愁一さんはお風呂で私の髪から爪先までを自分の指で丁寧に洗い上げる。身を委ねて何をされてもいいと、無防備に躰を差し出した。
 
「・・・いい子だね」

真綿のように柔らかな声で、鉄の枷を私のあちらこちらに嵌め込んでく。自由は利くけれど言うなりに逆らえない。・・そんな感覚。

バスタブの中で愁一さんの懐に後ろ抱きにされ、首筋に口付けを繰り返される。強く吸われたり甘噛みもされた。

狼の気が済むまで。獲物(うさぎ)は黙って好きなようにいたぶられる。決してその牙が自分を食い千切りはしないと知っているから。

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