私の愛しいポリアンナ


「好きだ」

みのりの瞳が揺れる。半端に開いた口から、かすれた音が出た。

今ようやく、気持ちが届いた。そんな気がした。

秋はゆっくりと顔を近づける。みのりは離れようとしたが、彼女の後ろにはソファの座面しかない。
唇がくっつきそうな距離まで来た。
何度もキスはしているというのに、みのりは今更顔を赤くしている。

「俺は、ずっとあんたのことばかり考えているよ。セックスの時だけじゃない。一緒にいるときも、別れた後も。今なに考えてるんだろうとか、次はどこに誘おうかとか」

「設楽さん」

「俺にとって『好き』ってそういうことなんだ。俺は好きな人としか性行為はしたくないし、性行為で愛情を感じられる簡単な男だ。つまり、なんだ、その、わかるか?」

「えっと、つまり?」

「今みたいな時は、みのりのことしか頭にないってこと」

みのりは目に見えてうろたえていた。
口を開いては閉じてを繰り返し、それでも何も言えないでいる。
「あの、」とようやくか細い声を出した。

「あの、今日は、帰ります」

「うん」

秋はあっさりみのりを放す。
逃げるように秋の下から抜け出す彼女。
乱れた下着を手早く正す俯いた顔。耳が赤くなっていることに秋は気分が良くなる。

ようやくスタートラインに立てたのだ、と思った。
これからみのりが秋の好意に対してどんな反応を返してくるのかはわからないが、今はただ、秋の一人相撲でなくなったことが嬉しかった。

「また誘ってもいいか?」

このままうやむやで自然消滅の可能性を潰したくてそう尋ねていた。
みのりはこちらを振り返る。
色づいた顔でじっと見つめてくる。大雑把に前髪をかき分けながら、彼女はこう言った。

「少し、時間をください。一週間とか。ちゃんと返事しますから」

赤い顔に真面目な表情で言う様子に、「どんだけ固いんだ」と秋は思った。
いや、というかみのりは恋愛経験値が低いのだろう。タツヤ一筋だったみたいだし。

「そんなきっちりしなくてもいいだろ。世の中、始めから好き合って付き合う奴らなんてそういないぞ」

大抵が好奇心と見栄だって。
みのりの固い表情を和らげたくて秋はなんてことないように伝えた。
なんとなくでいいんだ、恋愛なんて。顔が好みとか、寝てみたいぐらいでいいだろ。
しかしみのりは引かなかった。

「いえ!設楽さんがちゃんと伝えてくれたのに、今まで私、その、全然ちゃんと受け取れてなくて」

もっと肩の力抜いて恋愛しろよ、と言いたくなったが言わなかった。
なんであれ、真剣に考えようとしてくれているのは伝わったから。
「わかった、一週間な」と頷き、それからみのりを駅まで送って行った。

空に半月が浮かんでいる夜の道。
隣を歩くみのりが、いつもと違いガチガチに緊張しているのがなんだかおかしくて笑ってしまった。



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