不埒な先生のいびつな溺愛
この日は先生から、詰めていた原稿が終わったと連絡をもらい、それを受け取りに来ていた。いつものように先生宅を訪ね、中に入れてもらった。

微妙な空気になると私は最後に逃げ出すのだが、今回はそうならないように、前回持参したモンブランは持たず、あの空気を思い出さないように努めた。

「先生。お疲れ様でした」

「ああ」

紅茶だけを淹れて、もはや定位置となっている先生の隣に腰かける。

先生から受け取った原稿と、改めて向き合った。

先生の作品は男女の恋愛ものが多く、今回書き上げたものもそうだった。先生は普段、頭のどこを使ってこんなことを考えているのか疑問に思うほど、その作品は奥深い。恋愛について根本から考えさせられる。

とても女性を部屋に招いてはポイ捨てをしている男の書くものではなかった。

先生は、私が原稿を読んでいる間は、決まって、じっと私のことを見ていることが多かった。

「ありがとうございます。持ちかえって、再度読ませていただきます」

原稿の束を表紙に戻し、私は顔を上げた。すると先生は、まだ私をじっと見ていた。

「……どうだった?美和子」

そして必ず、感想を求めてくる。

これは、私に編集として添削を入れてほしいというわけではなかった。その証拠に、意見を言ったところで先生は受け入れない。

「最後のシーンを学校にするとは思いませんでしたが、これはこれで素敵です。未来への展望が持てますよね」

「それで?」

「展開が過去に切り替わってから一気に読ませる手法も計算されていますよね。とても良いです。二人が一度別の道を歩んだ経過は、もう少し尺が短くてもいいような気がしますが」

先生は眉を寄せた。

「ダメだ。そこは尺をとる。その時間は、男にとって一番、地獄みてぇな時間だったんだ」

「……地獄みたいな時間?」
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