不埒な先生のいびつな溺愛
「なに言ってるんですか!こういうときはおひとりではだめです!私も一緒に行きますから」

「……そうかよ」


ここでごちゃごちゃとごねている余裕はもちろん先生にもないようで、一度突っぱねられた私の提案はすぐに通った。

先生のお父さんに何かあったのだ。先生のお父さんの顔は知っている。でもきちんと話をしたこともないし、先生と再会してからも、先生は私がお父さんのお見舞いに行きたいと言っても会わせてくれなかった。

でもお父さんは先生にとってたったひとりの家族だし、私は昔の先生を知るひとりとして、今彼を独りぼっちで行かせては駄目だと思った。

通りに出てタクシーを捕まえて、運転手に行き先を伝えた。その後で編集長に電話をかけて、先生とともに病院へ向かう旨を報告した。

会社から編集長にも連絡が入っていたようで、編集長はもちろん私がついていくことに賛成し、「ご不安だろうからしっかり支えてあげなさい」との忠告もあった。

電話を切ると、車内は無言だった。

先程の、トイレでの出来事は私たちはどちらも蒸し返さず、そのことに気まずさを感じている余裕もなかった。

横目で先生の横顔を少しだけ盗み見た。

いつもは悔しさや苛立ちをすぐに顔に出す人なのに、今はただ、移り変わる景色のネオンに照らされて、綺麗に澄まされている。

余計に先生のことが心配になったけれど、私にはただ、お父さんの無事を祈ることしかできなかった。
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