プリンスにこわれて
チョコレートの意味
折しもテレビが、バレンタイン人気チョコベスト10などという特集を映していた。

「ねえ、タエ。僕に内緒にしている事があるんじゃない?」

カウチで寛ぐ彼に流し目を送られ、心臓が大きく跳ねる。

「今日って、ニッポンでは女の子が男の子にチョコレートをあげる日なんでしょう?」

内心で舌を巻く。
言葉だけでなく、日本のイベントにまで精通しているなんて。

視察で来日した業務提携先の御曹司の、通訳兼お守りを会社から仰せ付かったけれど、正直私なんて必要ないくらいだった。

でもそのお役目も明日で終わる。
「せめて最後に」と用意した、リボンのかかる箱はバッグの中。

「僕、ニッポンのチョコ好きなんだよね」

それを知ってか知らずか笑顔で輝くオリーブ色の眼は、ご褒美をねだる仔犬にも、獲物を狙う鷹にも見えた。

「ええっと。でも、お国では違いますよね?」
「郷に入っては郷に従え、って言うじゃない」

誰!?彼にそんな諺まで教えたのは!

あくまでも渋々といった体で小箱を差し出す。

「お口に合うかわかりませんが」

世界中の美食を食べ尽くしている彼が、一般OLが買った品で満足できるとは思えない。
案の定、箱は受け取られないまま、上目遣いで不機嫌な顔をされた。

「違う」

拒絶の言葉が、別の意味となって胸に刺さる。
唇を噛み、チョコに込めた想いごと手を引っ込めようとした。その手首が捕まえられる。

「渡すチョコにはいろんな種類があるんでしょう?これはどれ?」
「……それ、は」

喉まで出かかった言葉を呑みこむ。明日帰国してしまう彼には、告げても仕方のない想いだから。
なのに彼は更に腕を引き、前屈みになった私の耳元で甘い誘惑を囁く。

「教えてくれたら、僕もいい事を教えてあげるよ。タエ」

空調が効くホテルの部屋の室温が急上昇した気がして、のぼせた口から本音が零れる。

「本命です。明日までは、あなたを好きでいてもいいですか?」

住む世界が違うとわかっていても、別れの日が訪れると知っていても。
それでも、向けられる真っ直ぐな瞳に惹かれていくのを止められなかった。

熱を持った耳に、もっと熱い唇が一瞬触れて離れる。

「明日まで?そんなのダメ」
「何……っ!」

悲痛の叫びは人差し指一本で遮られた。

「ずっとずっと好きでいて。だって僕は、春から君の――――」


end

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