【短編】バレンタイン・フライト
バレンタインデーはきらめく夜景とともに
街灯が点り、向かいのビルのネオンが色めきだす。エントランスから見える景色は夕暮れから夜に変わろうとしていた。

同僚の受付嬢たちは早番で退社。
彼氏と過ごすとか、バレンタイン婚活とか。

カウンターには私だけ。今年のバレンタインもひとりぼっちだ。

ポーン。役員専用のエレベーターの到着する音。そしてカツカツカツと小気味いい革靴の音。あれは副社長の足音だ。

ずっと憧れているひと。現CEOの御曹司、32歳。私みたいな平民にもいつもにこやかに挨拶してくれる。チョコは同期の秘書に託したけれど。

身分違いだし、相手にされるわけはない。ただ気持ちだけ伝えたかった。

「お疲れさまでした」

いつものように深くお辞儀をした。
通り過ぎるはずの革靴は私の方を向いて止まった。

「キミ、すまない。ちょっとつきあってもらえないか?」

思わず姿勢を戻す。
目の前にはスリーピースの長身、笑顔の副社長。
話しかけてもらえるなんて夢みたいだ。

「これからパーティーなんだが、連れにドタキャンされた。取りあえず来てくれ」
「でも受付カウンターは」
「もう誰も来ないだろう? 来ても内線で連絡は取れる」

手首をつかまれ、引きずられて役員専用エレベーターに連れ込まれた。
扉が閉まる。手首を離してもらえず、触れられた部分が熱い。

夢……これは夢?

エレベーターは最上階の役員フロアで扉を開いた。

手を引かれて副社長室にはいる。手渡された真紅のドレスに着替えて。
さらにエレベーターで屋上へ。
目の前にはヘリコプター。社名入りの自家用だ。

「あの……」
「いいから。拒否するならこうだ」

ふわっと景色が揺れる。ドレス姿の私をさらりと抱き上げ、ヘリコプターに乗り込む副社長。そのまま膝の上で抱っこされたまま、ヘリコプターはいつの間にか暮れていた群青色の空に舞い上がった。

どんどん小さくなるビル群。ネオンや街灯たちが小さくなるのと反比例して輝きを増していく。

「ドタキャンされた相手って、恋人ですか?」
「いや、姉だ」
「でも私が同伴したら」
「フィアンセに間違われる可能性はある」
「え……?」
「困るか?」
「それは私の台詞です! 副社長は」
「俺は困らない。キミを気に入っていたからね。嫌か?」

チョコレートいただいたよ、おいしかった、と言って私の唇を指で拭った。


(おわり)



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