3年後、あの約束の続き
「渡辺さん、もう帰りますか?」
後輩の田野畑さんが声をかける。

田野畑 結(たのはた ゆい)私より2つ下なので今年25歳か。


「業務終わったし帰りますね。田野畑さんもそろそろ…」
田野畑さんは遮るように
「やー彼氏がもうすぐ終わるみたいなんで、それに合わせて帰ります」
小声で私に耳打ちした。

私はくすっと笑って「じゃあね」と言ってフロアを後にした。


ビルのエントランスに向かうエレベーターの中でも、動悸が止まらない。

さっき田野畑さんとは、普通に会話ができていた。大丈夫なはずだ。


彼が・・・この会社にいるのは、入社して1年経った頃に知った。
本社で大抜擢されたというニュースが、遠く離れた日本のここにも届いたのだ。
数多くある、世界中の支社の末端のここにも。

彼の名前は‐瀬崎 章(せざき あきら)26歳。
北欧家具雑貨メーカーの「Iris bukett」経営企画販売促進部の若きエースだ。


私の名前は‐渡辺まなみ
「Iris bukett」の日本支社で主に展示会の企画や発案をしている。

私は、もう『まなみ』として生きている。
きっと章は私に、気付かない。


むしろ気付かないことを願っている。

‐過去はとっくに捨てたのだから。
< 2 / 289 >

この作品をシェア

pagetop