キライ、じゃないよ。
だけど、正直一人暮らしの女性の家に上がるのは避けたい。

誤解されたくない相手がいれば尚更だ。


「悪いけど……ごめん。家に上がるのは勘弁して」

「そ……か。じゃあ、せめて貰ってくれない?今容器に入れて持ってくるから」

「それなら……うん。ありがとう。遠慮なくもらうわ」

「うん!今すぐ持ってくるね」


田淵の嬉しそうな表情にホッとした。こういう時は田淵が真面目な女で良かったと思う。これで引き下がってくれる事に安心した。

しばらくするとアパートの階段を降りてくる音がして、運転席側に田淵が回ってくる。

パワーウィンドウを下げ、田淵が掲げた紙袋を受け取った。

それを助手席に置き、田淵へと向き直る。


「じゃあな」

「うん。樫くん、気をつけてね」


田淵が車から少し離れて手を振った。

俺はそれを見ながら車を発進させた。これで今日のお役御免だ。

安堵とともに大きな溜息がもれる。

何とはなしにバックミラーを見た時、田淵が誰かと話しているのが見えた。

黒いコートの男?まさか、ストーカー?

慌てて車を脇に止めて、車を飛び出し田淵の元へ走った。


「おいっ!お前、何して……っ」


俺の声に驚いた様子で、黒いコートの人物は弾けたように田淵を突き飛ばして走り出した。


「おいっ、待てよっ!」


黒いコートを追いかけようとして、けれどつんのめるように足を止められる。




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