甘い脅迫生活





「例えばですね、人にナイフを向けられたら、貴方はどう思いますか?」


私の質問に、優雨が視線を落として、上げた。


「怖いだろうな、多分。」

「ですよね。」


至極まっとうな返答に、苦笑いしてしまう。


「でも私はそれを、恐怖とは受け取れない。」


そして、その答えに反して、私の答えはとても難解だ。私の言っている意味が分からないせいか、優雨が眉間に皺を寄せてこちらを見ている。


だけど自分でも、どう説明すればいいのか、それすら分からなかった。


「多分、身体は感じてるんじゃないでしょうか。心とか?そういうのは。でも、頭が理解しない。目の前にナイフがあって、当たり前のように自分の身体にめり込んで行くのを、小さい私はそれを恐怖とは受け取れなかった。」

「っっ、」


目を見開く優雨の反応それが正解。


私は普通じゃない。だけどこれは、人に言わなければ普通じゃないと分からない。



あの時、医者は言った。


『よく我慢したね。強い子だ。』


あの時、お父さんは言った。


『怖かっただろう?可哀そうに。』


あの時、お母さんは言った。


『すぐに助けてあげられなくてごめんなさい。』



それは、医者として、親として、心から言った言葉。



< 176 / 185 >

この作品をシェア

pagetop