バージンロードで始めましょう~次期社長と恋人契約~
夢と希望と奈落の底
「亜寿佳(あすか)」

 婚約者の桜井貴明(さくらい たかあき)が、遠慮がちな声で私の名前を呼んだ。

「んー、なに?」

 明日に備えてバッグの中身を点検していた私は、彼に背中を向けたまま、気もそぞろで返事をする。

 もう夜の九時にもなろうかという時分に、貴明がなんの連絡もなく急に自宅を訪ねてくるなんて珍しいとは思っていたけれど、今はそれどころじゃないほど忙しい。

 ええと、翌日の着替え一式と、メイク用品と、基礎化粧品の類はちゃんと入ってる。それとパスポートと、お財布の中身もOK。

「ねぇ貴明、前に一緒に旅行したとき、私がクレンジング忘れちゃったの覚えてる? コンビニで間に合わせに調達したヤツ使ったら、顔に赤いブツブツができちゃって大変だったね」
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