嘘だらけの秘密
さらにしばらくの沈黙のあと、戸波さんは正座して向き直った。
ちょっとだけ頭をたれながら、呟いた。
……俺はクズです。
ごめんやけど、好き。
え?
やけど、家庭も大事。
やから俺はクズです。情けないけど、クズ。
負けたわ。あかんのにねえ。
そう言ってなんとも言えない笑みを向けてきた。
何が言いたいんですか、
なんて聞いても困っちゃいますよね、
………好きになっちゃったんやもん。
自分でもどないしたらええんかわからんねんけど。
………わかりました、今日はもう十分です。
十分すぎる。ありがとうございます。
報われました。
やけど、これだけはきいてください。
わたしは戸波さんが好きやし、家庭が大事なんもわかるし、
それを壊すような人であって欲しくはないし、
戸波さんがこれからも見てくれるんやとしたら、わたしは全力で戸波さんを守ります。
絶対に、なんとしても守ります。
今の戸波さんの場所を大事にして欲しいから。
戸波さんは困ったような顔をした。そしてこう呟いた。
壊さんもなにも、0か1かで言うたらもう壊してしまってんけどなぁ。
ほんまにクズです。ごめん。
心底悪いけど、好きやで。
戸波さんに好きやと言わせてしまった。
その瞬間だけ、顔も知らない奥さんに
少しだけ申し訳ないという感情が過ぎった。
けれど奪ったりするつもりは無いから。
ゆるしてください、わたしも戸波さんを好きになってしまった。
どうなるんやろう。
何も言えんと、困り果てて戸波さんの目を見た。
戸波さんも相変わらず困った顔をしていた。
しゃーなくない?
……おいで。
言われるがままに戸波さんの腕の中へ。
来いよ、と言われた時とは打って変わって優しさしかない温もり。
好きだよ戸波さん。
お互いクズやと思うけど、そんな戸波さんがもっと好き。
ずるいことに手を染めてしまうあなたが実は好き。
ほんの少しだけ目頭が熱くなった。
こんなふうな恋は初めてやったから。
ふいに我に返って、明日もまだ展示会やのに、どないしたらいいの?戸波さんの顔、どんな顔して見たらええの?
そんな気持ちになって焦る気持ちも湧いてきたり。
頭を撫でる戸波さんの手が止まった。
もう遅いから、今日は帰り?
気づけば2時を指していた。
寝なあかんやろ?
体調悪かったて言うてたやん。
あんま寝んと、心配なるから。寝て。
……わかりました、
もう1回だけ。キスしてぎゅってして。
……しゃーないなぁもー。ほんまに……。
ちゅっ。
戸波さんの優しい微笑み。
こんな微笑みは、社内の誰にも見せている姿を見ない。
わたしだけが見れる表情。
髪の上をあたたかい掌が滑る。
ゆっくり寝や。
うん。おやすみなさい。
また明日ね。気付けてバレんよーに帰りや。
戸波さんが手を振ってくれる。
バイバイ。
足音を忍ばせ、人目を気にしながら部屋に帰った。
部屋に帰ったと思ったら、どっと疲れて秒で眠りに落ちた。
こんなことがあったのに、肝座ってんなぁ。
自分でも思うくらい、ぐっすりやった。
なんの夢も見ない深い眠りだった。