浮気の定理-Answer-
「智子……落ち着いて、少し向こうで話そう?」



そっと注意深く妻に近づくと、俺は油の中で真っ黒になった豚肉を見つめながら、コンロの火を止めた。


鍋からは熱くなりすぎた油のせいで白い煙がもうもうと上がっている。


気づかれないようにそっと息を吐き出してから、妻をキッチンからリビングに誘導しようと彼女の背に手を添えた。



「触らないで!!」



途端に身体を震わせながら全身で俺を拒否する姿に、あぁ…もう、だめなんだ…と、宙に浮いたままの手を握りしめる。


いくら俺が取り繕っても、もう彼女の傷を癒すことは出来ないのだと。


あきらめと悲しみと悔しさが、ないまぜになって俺を襲う。


20年以上育んできた夫婦という形は、たった1年ほどの浮気という名のバケモノにあっさり食われてしまうものなのだ。



「智子……お前はこれからどうしたい?俺は、お前とやり直したいと思っていたけど、もし無理なら……そう言ってくれても構わない。お前の意見を尊重するよ」



離婚だけはしたくないとすがりついた結果がこれなんだとしたら、これ以上彼女を縛り付けるわけにはいかない。


彼女のこれからを考えたら、自由にしてやることが俺にしてやれる最後の償いなんじゃないかと思えた。

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