舞桜
だが、私の住まう塗籠だけは、四方を壁に囲まれている。

「あの人は、何も私にはくれなかったわね。」

この塗籠に置いてあるのは、私が実家から持ち出てきた、いくつかの最低限の調度品。後は、昔から慣れ親しんだ物語、絵巻、琵琶をひとつ。

私には、哀しいかな、浮気症の夫がいる。

あれは、今日も私には黙って、何処ぞやへ通いに行ったらしいわね。

「あの人、何処へ行かれるの。」

別に、浮気が嫌なわけではない。
ただ、この待遇が嫌なのだ。

「六条か、九条か、でしょうか。」
< 4 / 38 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop