幽霊と私の年の差恋愛



結局、その後しばらく辺りを探してみたが、春臣と栞の姿を見つけることは出来なかった。

最初はぶつぶつと文句を言っていた真糸も、すっかり諦めた様子でアトラクションを楽しんでいる。


「次あれ乗ろうよ!」


リトが指差した先を見て、美波は顔から血の気が引くのが分かった。

ガタガタと音を鳴らして上空まで上った車体が、猛スピードで駆け下りると共に大勢の絶叫がこだまする。

まさに絶叫マシンの代表格とも言えるそれ、ジェットコースターだった。


「あ、あれは……リトくんにはまだ早いんじゃないかなぁ……? ねぇ、真糸さん……?」


何とか諦めさせたい美波は、真糸に助け舟を求める。しかしそんな美波を意に返さず、真糸はニヤニヤと企むような笑みを浮かべた。


「うーん、でも120cm以下は大人の付き添いで乗車可能って書いてあるからねぇ。別に早いってことはないんじゃなぁい?」


真糸の言葉に、リトはキラキラと目を輝かせ、美波は慌てた。


「い、嫌です! 私、絶叫系は苦手でっ……」


そんな拒否の声は、真糸にもリトにも届かない。美波はどんよりと表情を暗くした。


「……だったら真糸さんが付き添ってくださいよ」


「無理だよ僕他の人に見えてないもん」


あっさりと断られ、美波は半眼で真糸を睨んだ。


「お兄ちゃんもそう言ってるし、お姉ちゃん早く行こうよ!」


リトに引っ張られ、美波は泣きそうになりながらジェットコースターの列に並ぶ。


「まぁまぁ、一応僕も一緒に乗ってあげるから。よし! じゃあ怖がりな美波ちゃんのために、おっさんが隣に座って手を握ってあげよう!」


「お兄ちゃん優しいね〜!」


本当に優しかったら嫌がる女の子を無理矢理ジェットコースターに乗せたりなんかしない、と心で毒づきながらも、美波は仕方なく腹を括ることにした。










来るな来るなと思っていることほど、すぐにやって来てしまうものだ。美波とリト、それから人数にはカウントされていない真糸は、係員に促されて物々しい安全バーの付いたシートに座る。


「し、しかも一番前の席……」


普段ジェットコースターなど乗らない美波だが、『一番前のシートが一番楽しめる!』などとテレビや雑誌で紹介されていたのを見たことがある。その場合の楽しめるとは一番スリリングであるという意味で、すなわち苦手な人にとってみれば最も恐怖を味わう場所ということだ。

二人がけのシートの奥側にリトが乗り、手前に美波が乗ったところで、係員がにこやかに安全バーを下ろす。こうして身体を固定されることで、もう逃げられないという恐怖が美波の全身を支配する。


「よっこらしょっと」


リトと美波の間にはちょうど一人分の幅があり、そこに真糸が身体を滑り込ませた。美波は反射的に真糸の腕に捕まろうとするが、指先はするりと通り抜けて、冷たい霧に触れたような感覚だけが残った。


「そんなに怖がらなくてもだーいじょうぶ! 五歳の子どもでも乗れるようなものだから、大したことないと思うよ」


真糸が言うことはもっともで、本格的なジェットコースターに比べれば距離も短いし高低差もあまりない。


「でも、苦手なものは苦手なんですよ……」


口を尖らせて俯く美波に、真糸は喉を鳴らして笑い、すっと左手を差し出した。


「はい、約束通り、手握ってて?」


美波は真糸の差し出した手に、恐る恐る触れてみる。そこには確かに男の人らしい骨張った掌の感覚があり、美波は驚きで目を見開く。

その手は冷たいのに、人肌特有の温かみのようなものを感じた。


「これ、どうやって……」


そう尋ねる美波への答えを待たずに、発車合図であるけたたましいベルが響く。美波はびくりと身体を強ばらせ、真糸の手を強く握った。

やがてジェットコースターはのそりのそりと空に向かって上る。背中側から引っ張られるような感覚が強まるとともに、美波の恐怖心も上昇していく。


「わぁー! 高ぁーい!」


隣でリトがはしゃぐ。上から見た景色は、下で想像していたものよりもずっと高いような気がした。


(ここから落ちたら、死ねるのかな……)


美波はふと、そんなことを考えた。必然的に思い出すのは、あの夜の出来事だ。


(私どうして……死のうだなんて……)


あの日の行動を、美波は懸命に思い出そうとする。


(将と会って、別れを告げて……それから……)



それから?



『てめぇ……殺してやるからな』



将の地を這うような声が、頭の中に響く。



「逃げなきゃ……」



逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。



「……美波ちゃん?」



走って。



走って。



走って。



「殺されるくらいなら……」



ふわりと、内臓が持ち上がる感覚。




「キャーッ!!!」



後方から、数多の悲鳴が聞こえた。














「……ちゃん、美波ちゃん」


最初と同じにこやかな笑みで、係員が安全バーを上げた。

美波は呼ばれていることに気付き、はっと顔を上げる。見上げれば、そこには心配そうな表情を浮かべる真糸の姿があった。


「あ〜楽しかった! もう一回乗りたいなぁ〜」


はしゃぎながら降りていくリトの後を、美波ものろのろと降りていく。


「大丈夫? 顔色悪いけど……」


真糸は依然として、心配そうに美波の顔を覗き込んでいた。美波は俯いたままぽつりと呟く。


「……だから言ったじゃないですか、嫌だって」


「……うん、そうだね。少し甘く考えていたよ。ごめんね?」


真糸の謝罪に、美波は小さく頷く。それ以上深く追求しない真糸に、美波は内心感謝していた。


「お兄ちゃーん! お姉ちゃーん! 早くー!」


少し離れたところから声をかけ、リトはそのまま走っていってしまう。


「ま、待ってリトくん! また迷子になるから!」


そんなリトを慌てて追いかける美波の姿
はいつも通りで、真糸は人知れず安堵の表情を浮かべた。










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