偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

青山はバカらしくて「時間を返せ」と思った。
だが「二時間飲み放題」の分はなにがなんでも「回収」せねばならない。

渋々お代わりで注文した生ビールを、運んできた海賊姿の店員から受け取った。
早速、ぐーっと呑む。

……うっ、旨い。

残業終わりのビールは何杯目でも格別だ。
さすがの青山も思わず口元をほころばせてしまう。ビールの力は偉大だ。

酒がさほど得意でない石井は、先刻(さっき)から時計ばかりを見ている。

パテック・フィリップのノーチラスで八〇年代に発売されたものだ。
「革ベルトのパテック・フィリップ」がステンレススチールというだけでもマニア垂涎な上に、パテックブルーの五角形のフェイスがスタイリッシュな時計だ。

父親から「就職祝はなにがほしい?」と訊かれた際に、新品ではなく「父のお気に入り」を所望した。当然父親は渋りまくったが「形見分けを今くれ」と言い張った。ほしい物は必ず手に入れる。

早く家に帰りたかった。
最近、反抗期に差しかかった小学五年生の息子が、母親に生意気な口を叩くようになった。
愛するわが妻を傷つけるのは看過できない。

石井は娘ではなくて息子でよかった、と心底思う。息子であれば情け容赦なく「獅子」になって、何度でも「わが子を千尋(せんじん)の谷に落と」せるからだ。

麻琴は、他人の恋バナを初めはおもしろそうと思って適当に相槌を打っていたのだが、先刻から山口の話がリフレイン&エンドレスで、さすがに飽きてきた。

そもそも、まだ一度しか見ていない相手なのだ。

……語るべき「材料」が、まだまだ不十分だってのに、もうわたしたちを呼び出すってどうよ?

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