BIRD KISSーアトラクティブなパイロットと運命の恋ー
「今日のフライト経路は今のところ特に変更なし。ただ、雲はないが風が強くなるかもしれない。まだ滑走路変更(ランウェイチェンジ)する可能性はあるからその心の準備をしておこう」
「はい」

 祥真は今日フライトを共にする機長と経路や天気などのブリーフィングを行っていた。

「よし。じゃあ、よろしく」

 機長はそう言って、祥真へ右手を差し出した。
 祥真は握手に応えながら、小田を思い出す。

 ――『今回もよろしくな。俺たちにとっても、いい旅にしよう』

 小田と一緒に仕事をするときは、彼はいつも最後にそう締めくくったものだった。そして、必ず今のように握手を交わした。

 小田には色々なことを教えてもらった。

 一番印象に残っているのは、『たとえ機長の俺であっても、隼が〝それはおかしい〟と思うことであれば遠慮せずに意見や注意をしてほしい。ペアを組んでいるとき、お前は俺の監視役でもあるんだから』と言われたこと。

 先輩であり機長であるという立場の権力を振りかざすことなく、いつだって同じ目線でいてくれた。

 懐かしさと淋しさを胸に思い出を噛みしめていると、搭乗する時間になった。

 祥真はコクピットに乗り込み、操縦席に腰を沈め、深く息を吐いた。
 そのあとすぐに、乗客が搭乗しはじめ、CAもバタバタと忙しそうだ。

「滑走路・経路ともに変更なしで」
「了解」

 祥真はひとこと言った直後、何気なくポケットからタブレットを取り出す。

「おいおい、隼。フライト前の服薬は禁止だぞ。具合でも悪いのか?」

 機長が目を丸くしてすかさず注意すると、祥真は苦笑した。

「ああ。紛らわしくてすみません。これは薬じゃなく健康食品です」
「あ、本当だ。まったく。驚かすなよ。健康維持のためか。若いのに身体に気を遣ってるんだな」

 機長の言葉に、祥真は「いえ」と否定した。
 手のひらのタブレットを見つめ、さらにつぶやく。

「これは俺には必要ないものです」

 制服のポケットにタブレットを戻し、ゆっくりと瞼を上げていく。
 操縦かんに両手を伸ばすともうすべてを忘れようと、一気に集中力を高めた。
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