【完】溺れるほどに愛してあげる


「7年前のあの日、僕が刺したのは…母親の不倫相手だったんです」

「…え!?」

「警視監の父は、家にはなかなか帰って来なかったんです。その間に母があの人を家に連れてくるようになって。
…暴力を振るわれるようになりました」





そう話す陸くんを見るのは辛すぎて。


思っていた状況と違いすぎる。


暴力を…だなんて。



あたしだってもしかしたら同じことをしていたかもしれない…そう思うとどこか他人事には思えなかった。





「どうしても逃げたくて…気付いたらあの人の家に行って刺していました。すぐに父に電話したら家にある金銭を根こそぎ盗むように指示され従いました。
…父はその時から事件をもみ消そうとしていたんだと思います。強盗に入られたように見せよう、と。
でも結果としてちぃさんのお父さんを逮捕することになった」

「…うん」

「もし、あの人と僕の繋がりを調べられたら母が不倫していたことがバレてしまう。だから父は…」





ずっと千景のことばかり考えていた。


でも、陸くんも辛かったんだね?


罪を犯してしまったのに誰にも責められることなく、そして自分のせいで冤罪を生んでしまった。





「それからずっと罪を償いたかった。今回こんなことをしたのはそれが理由です。城崎刑事にも、救急隊員にも目撃されれば父がもみ消すことはもうできない。そうなるように仕組みました。
ただ、ちぃさんに何かあってはいけないからできるだけ軽いケガで済むように内臓を避けて刺しました」

「このこと千景には…」

「言ってませんし、絶対に言わないでください」





それじゃあ陸くんは千景の中でずっと裏切り者。


そんなレッテルが貼られたままになる。


陸くんには陸くんなりの理由があったのに…


理由があれば罪を犯していいのか、そういうわけじゃない。わけじゃないけど…





「ちぃさんの中で僕は悪役でいいんです。そうじゃないといけない。
だってこのことを知ったら、ちぃさんは更に警察を憎んでしまうでしょ?もう憎しみの感情なんていらないんです。父親の敵は、憎むべき相手は逮捕された。事件は解決された、それでいいんです」

「それなら…何で今、だったの?」

「ちぃさんが優愛さんと出会ったからですよ」





ふっと優しい微笑みに変わって、大きく息をつく。


いつの間にか息を止めていたらしい。


少しだけ張り詰められた雰囲気が穏やかになるのを感じた。

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