正述心緒

6

 どちらかというと、人のことはどうでもいいと思うタイプだった―――はずだった。

 例えば大学の頃にいた澤村達なんかがそうだ。

 いわゆるオタク―――と言われる人種で。
 皆似たり寄ったりの、チェックのネルシャツだったり、タンガリーシャツだったりを、ストーンウォッシュのジーンズに“イン”で着た挙げ句に、Gジャンを羽織るといったある意味突き抜けたセンスを持ち、寄ると触るとアニメだのゲームだのの話で盛り上がる。

 だが、その分、というか、コンピュータ関係にはやたらと強く、そっち方面は完全にお任せ状態で、家用にパソコンを購入する時も相談した位だ。

 他所の学部の女子連中の中には、あからさまに“キモい”と言って避けているヤツらもいたが、少なくとも透子はそういう態度は取らなかったし、CADという設計支援システムを共に教えてもらった経緯もあり、今でも連絡先は残してあった。

 何であれ、趣味なんてものは個人の自由で、それが相手を貶める理由になんてなるはずも無かったのだ。

 そう、自分に害がなければ。




「あの人、まだ、受かってなかったよな?」

 言いながら、暗い思いに口許を歪めた。
 偉そうに言えるクチかよ?
 何年も高い金出して、学校通って、それでも受からないとか、アタマが悪いにも程があるだろ?

 次々と沸き起こるドス黒い感情を吐きだした。
 高橋の吐きだしたものよりも、もっと強く。
 あの男の悪意に、透子が傷付けられる事が無いように。

 そう、思ったのに。

「シノは、変わったね…」

 思いがけず小さな声に視線を遣ると、目の前に、透子のつむじが見えた。
 俯いているのだ、と気が付いて、4年も側に居たのに、それを見たのが初めてだったと気が付く。

 伏せた睫毛が、白い頰に影を作っているのを見て、知らず、コク…と息を呑んだ。

 透子は、こんな女だっただろうか?
 肩が細く見えるのは病気のせいだ。
 肌も、青白いと言っていいほどで、でも、唇だけは紅く色付いて―――


「…お前だって、変わったよ。」
 そう呟きながら、手を伸ばした。
 顔を上げた透子の頰に、指の背が触れる。
 その柔らかさに。

 ドクン、と心臓が音を立てるのと、ビクッと、透子が離れるのが同時だった。

 思わず苦笑した。
「そんな逃げんなよ。」

 “あの時”みたいに、しかめっ面で言えばいいだろ?
 何やってんの?って。
 そう思うのに、透子は真っ直ぐにこっちを見つめた後、少し困ったような顔で視線を伏せた。

 やっぱり、長いな―――そう、思いながら、
「なあ、これから飲みに行かないか?」
と言ったのは、純粋に話をしたかったからだ。

 卒業してから4年。
 どうしていたのか、とか。
 話す事ならたくさんあるだろう、と。

「お互いの、合格を祝って―――」
 そこまで言った言葉を、

「トーコさん」

 という、低い声に遮られた。


 透子が弾かれたように顔を上げる。
 その唇が、微笑みの形に綻んだ。

 カズ―――と、吐息のように微かに呼ぶ声を残して、透子が傍らをすり抜ける。花のような、甘い香りと共に。

 牽かれるように振り向くと、少し離れた場所に立っていた男の元に、透子が抱きつくような勢いで駆け寄り、その背中に男が腕を回すところだった。

 男が顔を上げる。
 さっきの―――そう気付いて立ち竦む。
 女のように綺麗な、としか表現の仕様が無い顔で、一瞬、強い視線を寄越してから、透子の髪に口許を寄せた。

 囁くような低い声は、辛うじて、帰ろう、という言葉だけを届かせる。

 それだけで、体が強張った。

 透子が頷く。
 徐にこちらへ振り向くと、ニッコリ、と微笑んだ。

「じゃあね、シノ。」


 それはまるで、最終宣告のように、胸に響いた。



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