キミのことは好きじゃない。


出版社から一歩外に出れば、セミの鳴き声と刺すような陽光に辟易する。


こんな暑い中外で働く人達は、どれほど過酷かを想像するだけでも恐ろしい。


今年の夏も猛暑で、連日のように熱中症で倒れる人がいるとニュースで流れているから、今聞こえている救急車のサイレンもそれかもしれない。


日陰を選んで歩きながら、私は山中 珠子に電話をかけた。


『阿藤、電話待ってたよ』


電話の向こうで山中のホッとした声音に早目に折り返してよかったと思った。


何か相談事があったのかもしれない。彼女とは飲み仲間だけど、相談がある時にしかかけてこないから、今日もそれなのかもしれない。


「どうした?」


『電話じゃ話し辛いからさ、今日、会える?』


「いいけど……」


『じゃあ、今夜7時にいつもの店でね』


山中は用件だけいうと、仕事中だからとさっさと電話を切ってしまった。


介護士をしている彼女もなかなかに忙しいらしい。


山中の相談に乗るついでに私の愚痴でも聞いてもらおうかな……。


なんて、颯斗のことを話せるわけもないけど。


勝手に出てくる溜め息にまた気が滅入りそうになって、慌てて頭を振る。


颯斗とのことが会わないでいる間に解決できればいいのに。


なんて勝手なことだと分かっていてもこぼさずにはいられなかった。



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