眠り姫は夜を彷徨う
そんな一見ぶっきらぼうでありながらも優しい一面を知って、思わず笑みがこぼれる。

「ありがとうございます。桐生さんは、見かけによらず優しいですよねっ」

彼の言葉を真似てそう言うと、一瞬驚いたように目を見開いてから「まあな」と口の端を上げた。

「あんま言われたことねぇけどな」

「…そうなんですか?」

互いに笑いながら歩き出す。


桐生さんとは保健室で知り合って以来、顔を覚えてくれたみたいで校内で通りすがりなんかによく声を掛けてくれて話すことも増えたけど。それでもいつも、ちょっとした挨拶を交わす程度だった。

学年が違うから共通の話題もあまりないし、何より私は桐生さんのことを全然知らない。彼のクラスさえ曖昧な程だった。

それでも、こんな風に不調に気付いてくれて、さり気なく励ましてくれる。その気持ちが嬉しかった。


「何だか、ちょっと元気出てきました」

「なんだよ、復活はえーのな。それにオレは何もしてねぇし」

「そんなことないです。本当は…今まで何でも相談出来た大切な人と、ちょっと色々あって…。自分自身が嫌になってて落ち込んでたんですけど…」

「ふうん…。その『大切な人』ってのは何だ?喧嘩でもしたのか?」

「あ…いえ。喧嘩になったことなんて一度もないんです。その人は優しくて…。いつでも私のことを許してくれて…。でも、私は迷惑掛けてばかりで、それが本当に嫌だった…」

「成程。それで自己嫌悪ってか。…意味のないことだな」

「意味が、ない…?」

「ああ」

桐生さんは、前を向いたまま小さく頷いた。
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