眠り姫は夜を彷徨う
いくら眠っている状態とはいえ、あそこまで徹底的に向かってくる悪に対してだけ下される鉄槌は、何らかの意図や意志が含まれているに違いないと桐生は踏んでいた。それが潜在的に彼女の内に秘められたものなのか、他に何か別の理由があるのかは判らないけれど。

(けど、お前がそんなにまでして頑張ることじゃねぇだろうに…)

痛めている左腕。包帯が取れかけていたので昨晩この家に戻った後、組の医療系を任せている担当の者に桐生も立ち合いのもと診て貰ったのだが、骨には異常はなかったものの、腫れがかなり酷いとのことだった。

本来、細くて透き通るような白さを持つその儚げな手は青黒く痣になっていて、桐生の目に見てもあまりに痛々しいもので。それ以外にも昨夜、奴らと応戦した時に出来たのか、擦り傷や打撲の跡なんかが目に見える範囲で幾つかあった。

そんな風に身体を痛めつけてまで…。眠っている身体を酷使してまで「お前は何がしたいんだ?」と、聞いてみたかった。

そして、同時に「もう、そんなことをしなくていい」と言ってやりたい。

(何なんだろうな…)

桐生は自分の中に生まれている気持ちに苦笑を浮かべた。


(こんなん、ガラじゃ…ねぇんだけどな)





立花は、目の前で対峙している桐生と少女の様子を静かに見守っていた。

桐生は家柄や立場上様々な場数を踏んでいるだけあって、その身から発せられる『気』は、普通の人が正面からまともに向き合えば相当のプレッャーを受けて怯んでしまうのが常だ。

だが、彼女は違う。背筋はピンと伸び、瞳も真っ直ぐ正面から向き合い、凛としたその姿は堂々たるものだ。それこそが、今まで夜の街で見て来た『掃除屋』のそれそのものだった。
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