眠り姫は夜を彷徨う
それに何より、あの逃げ足の速さ。自分でも少なからず運動神経は悪くないと自負していたのに、その密かな自信をことごとく打ち砕かれてしまっている。

(未だにまともに顔さえ見れてねぇって…。マジねぇわ)

眉間にしわを寄せながら、大きなため息をひとつ。

すると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「センパイ、おはようございます。何だか今日は随分と荒れてるんですね?何かあったんですか?」

立花が笑顔を浮かべながら話し掛けてきた。

「おう、立花か」

「なーんか周囲に緊張が走ってるなぁと思ったら、原因は桐生さんだったんですね。後ろから見ても不機嫌オーラ出まくりで、すぐに分かりましたよ」

他の奴らなら、こういう部分には触れずに上手くやり過ごすんだろうが、こいつの場合はいつだって直球で歯に衣着せぬ物言いで突っ込んでくる。そういうところが、つるんでてある意味気持ちが良い部分だったりする。

「あー?そりゃ不機嫌にもなんだろ。こんだけ毎晩、空振ってたらよ」

「まぁ、そう…ですよね。お気持ちは分かります」

初めて掃除屋を目撃して以降、立花は毎晩という訳でもないのだが、時間が合えば共に追い掛ける協力をして貰ったりはしていた。だが、それでも結果はこの通りだ。

「せめて面を拝めればな。幾らでも捜索の手を伸ばせるとは思うんだがな」

「そうですねぇ。美人には違いないですよ、彼女は」

しれっとそんなことを言う立花は、実はあの初日の夜、遠目ではあるものの掃除屋の顔を見たらしい。彼女はやはり年若い少女のようで、それは整った顔立ちをしていたという。

「お前にそう断言させるくらいだから相当なんだろうよ」
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