#7 (背番号7)
最高気温36度

沙彩の話①


ー彼に出会ったのは高校1年の夏だった。

当時サッカー部のマネージャーだった私は夏休みもほぼ毎日部活。最初のうちは頑張って日焼け対策もしてたけど、日焼け止めは汗で全部流れ落ちるし、長袖なんて暑すぎて着てられないしで結局1週間もしないうちに健康的すぎる肌色が完成した。そうやって私が直射日光を浴びている間、クラスの友達はお洒落して「渋谷なう〜!美味しすぎてやばい!」って見るからに甘そうなパンケーキと自撮り。みんな口を揃えてインスタ映えインスタ映え。私だって可愛いカフェに行ったりしたい...。でもこの焼けた肌には女の子の可愛いで満たされた空間も、みんなが着るような可愛い洋服も似合わない。分かってはいたけど、"可愛い"が似合うその子たちが、私は羨ましくてしょうがなかった。

だけどそれでも私はマネージャーを辞めようと思ったことはなかった。きついトレーニングを乗り越えて、炎天下の中走り回って、試合でいくら勝てなくても「よし!次頑張ろう!」ってすぐ切り替えられる部員のみんなを見てたら、私がサポートしてあげたい、サポートしてあげなきゃって思えたから。それに小さなことでも何かしてあげると必ず「マネージャーありがとう!」って言ってくれるあの笑顔。これはマネージャーの特権だもんね、辞められるわけが無いよ〜。


あの日は最高気温36度の猛暑日で、熱中症になってしまう部員も何人かいた。みんな本当にだるそうで、1番しっかりしなきゃいけないのは私なのにテンパってしまって...
「きゃあ!!!」
ドリンクがいっぱい入ったタンクを思いきり落としてしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
焦った私は謝ることしかできず、先輩マネが駆けつけてくる。
「沙彩(さあや)、大丈夫??」
「私は大丈夫なんですけど...ごめんなさい」
「ならよかった!けど、ちょっと疲れてるのかもね。休んでていいよ、あとは片付けとくから!ジュースでも買ってきな〜」
「渚(なぎさ)先輩...ありがとうございます...!」
優しい先輩のおかげでなんとかなったけど...。私、何やってるんだろう。まだまだマネージャーとしての意識が足りてないなあ。

私は少し涙ぐみながら、学校に備え付けてある自販機に向かった。グラウンドから自販機までは、一度正門近くの広場を通らなくてはいけない。その広場は夏休みでも人通りが多く、泣き顔を見られないようにそそくさと自販機に駆け寄った。迷惑をかけてしまったから、先輩にも買って行こうと思いジュースを選んでいると、背後に人の気配を感じた。
(やばい...見られる!)
「さ、あや、?」
「...え?」
いきなり名前を呼ばれた私は驚いて、涙を拭くのも忘れて振り向いた。そこに立って行ったのはバスケ部のウェアを着た知らない男の子。上履きの色でひとつ上の先輩だと分かった。身長154cmの私が見上げないと顔が見えないくらい高身長の彼は、色白で目は綺麗な茶色。その目と同じ色をした髪は、私の傷んだ髪とは正反対のサラサラヘアー。"王子"という言葉がぴったりの人だった。どうしてこんなイケメンが私の名前を知っているのか困惑していると、その人はニコッと笑って
「Tシャツの後ろに名前書いてあったから呼んじゃった、ごめん(笑)」
「あっ...!なるほど!」
「そのTシャツ着てるってことは...サッカー部のマネか!」
「そ、そうです!」
「へえ〜。で、なんで泣いてたの?」
「...はっ!」
そうだった!私泣いてたんだった!目の前に現れたイケメンに見惚れてすっかり忘れてしまっていた...
「な、泣いてないですよ!」
咄嗟に顔を覆って嘘をつく。
「...ふ〜ん、まあ頑張れよ。」
彼はそう言うといたずらっぽい笑みを浮かべて、背中に書かれた名前をなぞって行った。触られた部分から熱を持って、体が火照っているのが自分でも分かった。私どうしちゃったんだろう。熱中症?少しぬるくなったジュースをグッと飲み、もう1本が冷たいうちにグラウンドへ向かって走る。

ー彼の名前も、この気持ちの名前も知らずに。
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