冷酷王の深愛~かりそめ王妃は甘く囚われて~
花祭りの日
「ミルザ!」
「きゃっ!」
 勢いよく開いた扉の音で、ミルザは今まさに持ち上げようとしていた鍋を危うく落としそうになる。丸く開いた暗緑色の目で振り返った先には、肩で息をしている義妹の姿があった。

「おかえりなさい、サーザ。でもあなたももう十六になるんだから、もっと落ち着けっていつも」
「それより! ミルザ、修道院に入るって本当!?」
 ミルザはぎくりと息をのむが、何事もなかったかのようにかまどに向きなおると、今度は気をつけてゆっくりと鍋を火から下ろした。

「どこで聞いたの?」
「い、今、エルムと一緒に教会にいたら、たまたま、司祭様が修道女の……ノーラ様だと思うけど、話しているのが聞こえて……」
 そう言われて、サーザとエルムが、結婚式の打ち合わせを兼ねて教会に行くと言っていたことをミルザは思い出した。一応、口止めはしておいたのだけれど……知られてしまったのなら仕方がない。

「本当よ。サーザの結婚式が終わってから言おうと思っていたの」
「なんで!? どうして、そんな……」
「とりあえず、座って。ちょうどお夕飯ができたところよ。冷めないうちに食べましょう」
 鍋をテーブルの真ん中に置くと、戸棚からふたり分の器を出してミルザは先に席に着いた。
「今夜はシチューにしたわ。空豆を入れたの。サーザ、好きでしょ?」
「好きだけど……」
 まだなにか言いたそうにしながらも、サーザはおとなしく席に着く。食欲をそそる香りに、驚きのあまり忘れていた空腹を思い出したらしい。外はもう、黄昏時だ。

「あんまり遅いから、先に食べちゃおうかと思ったわ。いくらエルムと一緒だからって、夕飯の時間を忘れないでちょうだいね」
「あ……ごめんなさい。つい、彼と話し込んじゃって……」
 恋人と離れがたくて遅くなったことを指摘されたサーザの頬が、ほんのりと羞恥に染まった。そんな彼女に、ミルザは小言も忘れて微笑んでしまう。
 子供だ子供だと思っていたけれど、いとしい人を思って頬を染める姿はすっかり大人びて見えた。
 この秋、サーザはかわいらしい花嫁になることが決まっている。

「で、どういうことなの?」
 半分ほどシチューを空にしたところで、サーザはあらためて聞いた。ミルザは、にっこりと笑って卓上にあったバスケットをサーザのほうへと押しやる。その中にあったバゲットは、シチューと共にもう残り少なくなっていた。
「バゲットのおかわりは? 今日のは特別うまく焼けたでしょ」
「それは、いいから。ミルザ」
 じーっと睨みつけられて、ミルザはとうとう観念した。
「修道院に入るのは本当だけど、そんなにすぐのことじゃないわよ。サーザが結婚してから、と思ってたから」
「まだジェイドのこと気にしているの?」
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