君のことは一ミリたりとも【完】




少し優麻ちゃんの話で会話が弾んだかと思ったが向けられた視線は絶対零度並みに冷たく、この女を手懐けるのはそう簡単なことではないと悟った。
しかしこのまま帰すのもなんだかなと思っている自分がいて、どう引き留めようかと考えているうちにテーブルに置かれていた彼女のスマホが震える。

その画面に映った名前を俺は見逃さなかった。

河田さんはスマホを拾い上げるとその画面から目を離せなくなった。
俺はそんな彼女に姿にほくそ笑むと口元をニヤつかせながら、


「出たら? 電話でしょ、ここで」

「……」


更に冷めた視線がこちらに向けられたが彼女は気にせずにその電話に出た。


「生瀬さん、お疲れ様です」


生瀬俊彦、普通社長が一人の部下にこんな遅い時間に電話を掛けてくるだろうか。
その名前と同時に電話が掛かってきた瞬間の河田さんの表情も見逃さなかった。

困惑と、少し安堵が混じった顔だった。


「はい、その仕事は私が……スケジュールは……」


俺の視線を感じながらも生瀬との通話に集中しようとする姿に自然と口角が上がる。
複雑だろうな、好きな男との電話をしているのに隣には違う男がいるなんて。

だけど生瀬が何を考えているのかが分からない。


「はい、分かりました。確認しておきます。ではまた、はい」


お疲れ様です、と彼女が通話を切ったのと同時に俺は自分のコーヒーを飲み干した。
空になったそれをテーブルに置くとコンッと乾いた音が響く。




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