たとえばきみとキスするとか。


「ア、アンタだって、どこでも寝れるでしょ」

きっと色々なことがありすぎて、精神的な疲労が溜まっていたせいだ。まあ、それでも寝坊は本当に失敗した。


「ってか前髪、超跳ねてる」

「……っ」

今さら手で押さえてみたけど、このニワトリのトサカのようになっている寝癖は蓮に見られてしまった。


美容室で前髪も揃えるように短く切ってもらってから、こうして毎朝立ってしまうのだ。

だからちゃんとセットした状態で、迎えにきてくれた蓮と対面していたっていうのに、今までの苦労が一瞬で水の泡だ。


諦めたように前髪から手を離して、私は顔を洗う。すると隣でシャカシャカと歯磨きをしていた零が「ん」と珍しくタオルを取ってくれた。


「え、あ、ありがとう……」

なんだか裏があるんじゃないかと疑ってしまう。


「俺がさっき使ったやつだけど」

「え、じゃあ、イヤだ」

「うるせーな。黙って使っとけ」

零は歯ブラシをくわえたまま、ゴシゴシとこびりついた錆を落とすような力加減で私の顔を拭く。


「ちょ、マジで痛い……!」

「はは」


あ、って思った。

零が無邪気に笑った顔なんて久しぶりに見た気がする。

こうして普通にしてればいいのに、学校では目つきが悪いし、体格も大きいからいつの間にか怖いイメージばかりが零についてしまった。


「さっさと支度しろよ、チビ」

まあ、口と態度の悪さは零の責任だし、周りからどう思われようと私は知らないけど。
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