軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 

皇帝と遠征軍の帰国から五日。叙勲式や祝賀会などで賑わっていた帝都も宮殿も落ち着きを取り戻し、シーラの生活もいつも通りのスケジュールへと戻った。

「アドルフ陛下がご無事で本当に良かったですね、シーラ様」

アドルフの凱旋後、ポワニャール語の授業で初めて顔を合わせたボドワンがそう声をかけてくる。

シーラは嬉しい気持ちを満面の笑みに浮かべ、子供のように大きく頷いた。

「神様に何度感謝しても足りないわ。それにボドワン、あなたにもよ」

「僕に?」

「ええ。あなたが叱って励ましてくれたから、私は気を強く持ってアドルフ様を待つことができたんですもの。心から感謝してるわ。どうもありがとう」

もしあのとき彼に叱咤されなければ、シーラはただ泣き濡れていただけで、アドルフが帰ってきたときに胸を張って出迎えられなかっただろう。ボドワンがいてくれて本当に良かったと思う。

深く礼を言われたボドワンははにかんだ笑みを浮かべると「恐縮です」と照れたように頭を掻いた。

「ねえ、ボドワン。よかったら今日も一緒にお散歩をしましょう。ここのところ宮殿が忙しなくて庭園に出られなかったから、私もクーシーも走りたくてウズウズしているの」

平和な日常の幸福を噛みしめ上機嫌でシーラが誘う。けれどボドワンは笑みを浮かべたまま眉尻だけを下げて、首を横に振った。

「お誘いありがとうございます。けど、もう授業以外でご一緒するのは控えさせて頂こうと思います。アドルフ陛下のご不興を買っては大変ですから」

まさか断られると思っていなかったシーラは、目をパチクリさせて「どうして?」と尋ねる。

「自分の妻が他の男にエスコートされて歩く姿を喜ぶ夫はいませんよ。陛下とて同じです」

要はアドルフにボドワンとふたりきりのところを見られたら、きっと怒られるだろうというのだ。

シーラはいまいち納得がいかない。彼は大切な友人だ。一緒にいて何がいけないのだろう。クーシーと散歩をするのは良くてボドワンは駄目な理由が分からない。

けれど、アドルフを怒らせることはしたくないと思う。逡巡したあげく、シーラはボドワンの言葉に従うことにした。

「分かったわ。でもあなたは私のたったひとりの人間のお友達なの。だからこれからも仲良くしてね」

寂しい気持ちをこらえて言えば、ボドワンは快く頷いてくれる。

「もちろんですとも。僕たちの友情は変わりません」

共に過ごす時間が減ることには不満も覚えるけれど、彼の言ってくれた『友情』という言葉は新鮮で、嬉しくなったシーラは顔を綻ばせて何度も頷いた。
 
< 101 / 166 >

この作品をシェア

pagetop