軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
その日の夜。
宮廷内を行き交う人がだいぶ少なくなった時間帯を見計らって、シーラはクーシーと共に部屋から飛び出した。
「もう! 待ちなさい、クーシー! 本当に悪戯っ子なんだから!」
明るい笑い声をあげて飛び出してきたシーラを見て、廊下に待機していた衛兵が驚いて駆けつける。
「シーラ様、マシューズ様の許可なくお部屋から出てはなりません」
案の定すぐに止められてしまったが、シーラは廊下をどんどん駆けていくクーシーを指さして叫ぶ。
「離して! クーシーが私のリボンを咥えて持っていっちゃったの!」
「我々が連れ戻しますから、シーラ様はどうかお部屋でお待ちください」
「あら、あなたであの子の足に追いつくの? それにクーシーはこの宮殿の人をとっても嫌っているわ。大暴れして噛まれたって知らないんだから」
フンと鼻を鳴らして言ったシーラの台詞に、衛兵が顔をしかめて手を離す。
「大丈夫よ、クーシーを捕まえたらすぐに戻るわ。あの子だってふざけてるだけだから、どうせそこの廊下の角辺りに隠れて私を待っているはずよ」
二十メートルほど先の角を指さされ、衛兵はそれならばと納得したように頷く。
「すぐにお戻りくださいませ。本来ならばお部屋から出してはならないと厳しく申しつけられております」
「そうするつもりよ。けど、クーシーがもっと遊びたいって言ったら分からないけど」
衛兵の手から解放されたシーラはクルリと身を翻すと、軽やかに廊下を駆けていった。衛兵は何か言いたそうにしていたけれど、もう声が届く距離にシーラはいない。不安そうな顔で廊下を見つめることしかできなかった。
「あははは! 私達、こんなにお芝居が上手かったのね!」
廊下の角を曲がって衛兵の視界から消えたシーラは、そこで待っていたクーシーの頭をクシャクシャと撫でながら潜めた声で笑った。
それから辺りを見回し、突き当りの水場へと入っていく。ここにはワゴンなど運ぶための小型の昇降機がある。人が乗るのは難しい大きさだが、小柄なシーラと犬のクーシーならば、身を屈めれば乗ることができた。
「クーシー、先に下へ行って。一階でボドワンが待っているから、お利口に待っているのよ」
荷重制限があるため、先にクーシーを乗せて昇降機を下ろす。降りた先は一階の厨房に繋がっていて、そこでボドワンと落ち合う約束だ。