軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
それでも、性的な欲望は抱けないと思っていた。最初の印象が強すぎたのだろう、まるで子供にしか見えない彼女にそういった欲を抱くことを、ためらっていたのかもしれない。

けれどシーラは十八歳の女だ。その身の内には年相応の蠱惑さを秘めている。

それがふとした瞬間に露わになるたび、アドルフは胸を掻き乱されることがあった。ただ、それはいつも一瞬だったので、油断していたことは否めない。

潤んで煌く青い瞳、上気した頬、あどけない顔立ちに浮かぶ陶然とした表情、そして――誘うように薄く開いた、蠱惑の果実のような唇。

今夜のシーラは魅惑的過ぎた。頬が赤いのも目が潤んでいたのも、まだ熱が下がりきっていないせいかもしれないが、その姿はやけに扇情的にアドルフの目に映った。

純粋に彼女の体調を心配してきたはずだったのに、不意打ちの劣情がアドルフの背中を走り抜け、気がつくと――。

(……別に、キスぐらいしたって構わないだろう。あれは、俺の妻になる女だ)

初めて知ったシーラの唇の感触を思い出して、アドルフの心臓がうるさいほど鼓動を逸らせる。

あんなに幼い顔立ちをしているくせに、あの唇の感触は反則だと思う。瑞々しくて、ふわりと柔らかくて、少しだけ甘くなまめかしくて……、男を狂わせる魔性の唇だ。

もっとねぶって、いっそ口腔まで犯したいという淫らな欲望が湧くのも自然なことだろう。けれどシーラが瞳すら閉じないまま呆然としていることに気づき、理性はすぐさま戻ってきた。

理性が戻った瞬間、ポカンとしているシーラの顔を見てアドルフは動揺した。自分がひどく汚らわしいことをしてしまったようで、逃げるように部屋から出てきてしまったのだ。

たかが妻にキスをしたくらいでこんなにも心乱れている自分を、アドルフは情けなく、そして不思議に思う。

二十八歳にもなる国家君主たる男が、これではまるで初恋を覚えた少年ではないか。シーラのことを散々子供扱いしてきたが、これではどっちが子供か分からない。

(……馬鹿々々しい。少し疲れて判断がおかしくなっただけだ)

自室の書斎に戻ってきたアドルフは待機していたヨハンを下がらせ、マホガニーでできた書斎椅子に乱暴に腰を下ろす。そして気分を平静に戻そうと、机の上に置かれた書類の決裁を始めた。

けれど決済は思うように進まず、勤勉と名高い皇帝アドルフはこの夜初めて、決められた量の政務をこなすことができなかったのだった。
 
< 64 / 166 >

この作品をシェア

pagetop