誓約の成約要件は機密事項です
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申し入れは突発的

相澤千帆は、今の生活に満足していた。だからこそ、決めたことがある。

「え、千帆ちゃん、結婚相談所に入会したの?」

分厚い扉に閉じられた資料庫で、千帆の職場の先輩、那央が大声を上げた。

那央が驚くのも、もっともだ。結婚したいだなんて、大の仲良しの那央にも言ったことがなかったのだから。

しっと人差し指を立てながらも、お喋りは止まらない。経理室の奥にこの部屋は、職務中の雑談にはもってこいの場所だ。月例の資料整理は、格好のトークタイムになっている。

「そうなんですよ、昨日。入会金が高くて驚いちゃいました」

「え……いくらしたの?」

「内緒ですよ……なんと、10万円」

「えっ! よくそんなお金があったわね。千帆ちゃん、今いくつ?」

「25歳です。コツコツ貯めていましたし、価格と信頼性を天秤にかけて選びましたので、問題ありません」

新卒で入社した今の会社に勤めて3年目。入社当初から経理で働いている。会社の規模はそれほど大きくないものの、経営状態が安定していることが実感できるのは、経理職ならではだろう。

同僚にも恵まれていて、那央のように仲良くしてくれる先輩も後輩もいる。友だちもいるし、大学時代から始めた一人暮らしにも慣れた。

だからこそ、なのだ。暮らしに大きな苦労がない今のうちに、千帆にはしなければならないことがあった。
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