誓約の成約要件は機密事項です
けれど、どんなふうに言えば良いのか、言い出す勇気が出ない。見限ったのなら、野々村から言ってくれればと願うが、相変わらずほとんど話さない。

一時間二十分を過ぎたあたりで、我慢の限界が来た。

「あの……そろそろ……」

結局、何と言えば良いのか分からず、コートを引き寄せた。

「……ああ」

もしかしたら、野々村は女性の千帆から言い出すのを待っていたのかもしれない。そそくさと伝票を持って立ち上がる姿に、申し訳なさを感じた。

会計は、野々村が払おうとしてくれたが、自分の分は自分で払わせてもらった。全く気に入られなかった相手におごってもらうのも、気が咎める。

「ここで失礼します。今日は、ありがとうございました」

すっかり落胆した千帆は、早く別れようと店の前で挨拶する。

次も会うかどうかは別にして、楽しく世間話くらいできるのではないかと思っていたが、現実はなかなか厳しい。婚活を甘く見ていた。

肩を落として背を向けると、野々村に呼び止められた。

「……あの」

「はい」

「また会えますか」

「……え?」

聞き間違いかと思ったが、野々村はそれ以上何も言うつもりがないらしい。
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