誓約の成約要件は機密事項です
ランチでは、高林のことを詳しく聞かれたが、那央から涼磨のことは何も聞けなかった。何を聞いても、含み笑いを返されるだけだ。

「あ、千帆ちゃん、先に戻ってて」

「はい」

経理室の前で、二手に分かれる。

化粧室にでも行くのかと、何気なく振り返って那央の行く末を見てしまって、千帆の足は動かなくなった。

ちょうど副社長室から出てきた涼磨を、那央が引き止める。二人は連れ立って歩き始め、手近にあった会議室へと消えた。

至近距離で囁き合うようにしていた二人の姿が目に焼きつく。

――いつのまに、こんなに膨らんでいたのだろう。

涼磨が、自分以外の女性と歩いているだけで、胸が詰まる。

相手は、自社の社員。それも、那央だ。

那央は、本当に涼磨を誘ったのだろうか。

涼磨のことは気に入っていなかったはずだが、気が変わったのかもしれない。良くも悪くも、那央は気が多く、移り気なところがある。

涼磨は、那央のことをどう思うだろう。

千帆が涼磨の条件に当てはまるなら、那央だって同じだろう。那央の方が、見た目も良いし、社交的で、結婚相手には相応しいはずだ。

結婚願望のない那央と付き合うとは思えないが、那央の気が変われば、それまでだ。誰でも良いなら、千帆ではなく、唯々諾々と頷いてくれる人を選ぶだろう。

それでも、千帆は涼磨に会いには行けなかった。ただ黙々と仕事をする。

噛み締めた唇は、仕事を終える頃には擦り切れてしまうほどだった。


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