キミが笑ってくれるなら、それだけで…
私は、南野さんの席に向かい

思い切って声を掛けた。

「さっきは…ありがとう、あの、

変わってくれて…

すごく、助かった」

席に座る南野さんは

何事もなかったように笑った。

「え?何でお礼?

私がやりたかったから

立候補しただけだよ!」

でも、南野さんは優しい人だから

助けてくれたんだよね。

ちゃんと話した事はないけど

この笑顔に嘘はないって

私は思うから…

だって、南野さんの瞳は

律さんみたいに真っ直ぐで

澄んでるから。

「そ、それでも…

正直困ってたから。

本当にありがとう」

私は頭を下げて教室を後にした。

自分から人に話しかけたの、

高校に入ってから初めてだ。

人に話しかけるのって、

すごくドキドキするし

勇気がいるものなんだな…

日下部くんも、こんな思いをして

話しかけてくれたのかな?

何度も酷い言葉をぶつけたのに…

仕方ないとはいえ、心が痛む。

日下部くんのあの寂しげに

揺れていた瞳を思い出して

私は首を振る。

きっともう関わる事は

ないんだから、気にしない!

心の中で呪文のように唱えて

幸ちゃんの居る場所を目指した。

「幸ちゃん?」

いつも居る茂みの中にも

寝床にも見当たらない…

どこ行っちゃったんだろう?

必死に名前を呼ぶけど、

辺りはシーンと静まり返っていて

私の背筋にヒヤリと伝う汗。

まさか、何かあったんじゃ…

その時、頭上から

聞き覚えのある鳴き声が

聞こえて、私は声のする方を

見上げて名前を呼んだ。

すると、寝床の傍にある

大きな木の枝に幸ちゃんはいた。

「幸ちゃん、何でそんな所に…」

2メートルを優に超える高さの

枝に居る幸ちゃんは鳴くばかりで

一向に降りようとしない。

もしかして…

降りられなくなった?

どうしよう!

あんな高い所から

落ちたりしたら怪我だけじゃ

済まないよ!

私があたふたしている間も

絶えず鳴き続ける幸ちゃん。

じっとしてる場合じゃないよね…

木登りなんてした事ないけど

それしか方法がないもの。

「幸ちゃん、今行くから

じっとしててね!」

私は制服のまま木に足を掛けて

少しずつ幸ちゃんとの距離を

縮める。

「ニャー…」

縋るような鳴き声に

私はひとつ、またひとつと

上を目指して行く。

そして、この手に幸ちゃんを

抱きとめた瞬間…

「花宮!?」

近くから私を呼ぶ声が

聞こえて気を抜いていた私は

その拍子に足を踏み外して

しまって…

「きゃっ!?」

「危ないっ!!」

誰かの声を耳にしながら

私は幸ちゃんをぎゅっと抱き締め

2メートル下の地面に

落っこちてしまった。

「痛い…」

あんなところから落ちたのか…

そりゃ痛いよね。

一応これでも人間だし。

運良く草が沢山生い茂る場所に

落ちたのからか、擦り傷と足を

痛めただけで済んだみたいだし

良かった。

それにしてもびっくりした…

「幸ちゃん、大丈夫?

びっくりしたね、ごめんね?」

「ニャーニャー」

いつもの元気な鳴き声に

抱き締める腕に力を込めて

安堵した。

良かった…無事で。

その時頭上から

聞き覚えのある声に呼ばれて

顔を上げると、真っ青な

顔をした日下部くんがいた。

「大丈夫!?花宮!!

俺が急に声掛けたから

また驚かせちゃって…」

「え…日下部くん?

どうしてこんなところに…」

っていうか…

また急に声掛けてって…

さっき私の名前を呼んだのは

日下部くんだったの?

「俺がここにいた事は

後でちゃんと説明するから

とにかく保健室行こう!

足から血が出てる」

日下部くんが手を引き上げてくれて

私を茂みから抜け出せた。

「ありがとう、でもこんな傷

大した事じゃないから…」

日下部くんの手から逃れた

私は、幸ちゃんをひと撫でして

足早に日下部くんを横切った。

パシッ!!

振り返ると、ひどく真剣な顔の

日下部くんが私を見つめていて…

ドクドク…ドクドク…

ニコニコ笑顔の日下部くんじゃない

男の子らしい顔つきに

言葉を発するのも忘れて

見つめてしまう。

な、なに?

「大した事ないなんて…

あるわけないだろ!

足引きずってるし」

大声で叫ぶ日下部くんは

怪我して痛いのは私なのに

どうして痛そうな、悲しそうな

顔してるの?

意味が分からない…

「本当に平気だから。

私はあの子が守れれば

それでいい…」

今度こそ去ろうと日下部くんの

手を振りほどこうとすると、

逃がさないと言わんばかりに

更にぎゅっと力を込めて

離そうとしない日下部くん。

「痛い…離して」

「離さない。

保健室に行くってんなら

離すけど」

今日私、迷惑だって言ったよ?

みんなの前で傷付けた私に

何でまだ関わろうとするの?

「どうして日下部くんの

言う事に私が従わないと

いけないの?

今日も言ったように、迷惑なの」

日下部くんの存在は何故か

私の心をかき乱すの。

何十にも重ねて鍵を掛けた

私の心の箱をいとも簡単に

開けようとする日下部くんの存在が

私は怖い。

私がどれだけ突き放しても

真っ直ぐ向かってくる

日下部くんが…

怖くて堪らない。

私の手を握るこの温かさが

怖い…

その温かさを失うことが怖いこと

私は知ってるから。

私は力の限りで手を振り払う。

そして、何も言わず

ただ私を見つめる真っ直ぐな

視線から逃れるように

校舎裏を後にした。

家に着いてから、足の手当てをして

それ以外はいつも通りの生活。

私1人では広すぎるこの部屋にも

慣れて寂しいとは思わなくなったけど、

今日は色々な事がありすぎて

疲れたよ…

それにすごく寂しい…

パパ、ママ、律さん…

人の温かさに触れたからかな?

余計に寂しくて

慣れたはずのこの部屋も

1人ぼっちなのも、すごく寂しいよ。

















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