君の日々に、そっと触れたい。


「見すぎ」

不意にシャーペンの先で鼻先をつつかれる。

「ふぁっ?」

変な声が出てしまって恥ずかしがる私を、李紅は意地悪な笑顔で見詰めた。


「まぁ見とれちゃうのは分かるけど」

「自分で言う?」


ははっと乾いた笑顔を見せて、李紅はまたノートに視線を移す。


「李紅ってハーフだよね?どこの血が入ってんの?」

つまんなくて話かける私。

「ドイツだよ。父さんがドイツ系のアメリカ人」

李紅は顔を上げてちゃんと答えてくれる。

「お父さんが外国人なんだ。見てみたいな」

「今上の階で寝てるからその内降りてくるんじゃない?小説家なんだ。昨日まで徹夜続きだったみたいだから」

「小説家?すごいね」

「実を言うと元々は父さんの小説が読みたくて勉強を始めたんだ。父さんアメリカで本出してるから」

そう照れたように言う。そういえば、李紅の部屋には英語の本がたくさんあったな。

「日本からアメリカに本出してるの?一家でアメリカに住んだりしないんだね」

「ああ、それは俺も思ってたけど、なんかよくわかんないけど、どうしても日本に留まっていたい理由があるみたいだよ」

俺には教えてくんないけど、と李紅は頬を膨らませた。


それにしても、親の書いた本を読むために息子が勉強を頑張れるなんて、なんていい循環なんだろう。親子愛が強いからこそできることだ。


───私は、知らない。

どんな顔をした親だったかも、何も知らない。親子愛も知らない。


酷い劣等感に苛まれ、私は制服のスカートをきゅっと握った。





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