冷酷な騎士団長が手放してくれません
螺旋階段を登り終え、アーチ型にくり抜かれた天井に等間隔にランプの下がる廊下を歩んでいる時のことだった。


廊下の先に、見覚えのある人陰が見えた。派手にレースで装飾された薄黄色のドレスに、茶褐色の髪を高く結い上げた、リンデル嬢だ。一時から始まるサロンのために、早めに来たのだろう。


リンデル嬢の向かいには、壮年の男性貴族がいた。白髪交じりの褐色の髪を後ろで束ねた、細面の顔の男。たしか、リンデル嬢の父親であるクラスタ伯爵だ。執務官を務めている彼は、城内で度々見かける。


二人の内密めいた雰囲気に違和感を覚え、ソフィアは咄嗟に柱の陰に身を隠した。





「本当に、お前にも困ったものだ。幼い頃から、あれほど根回ししてやったというのに」


どうやら、クラスタ伯爵がリンデル嬢を叱っているようだった。あの高慢ちきなリンデル嬢が嘘のように無口になっているところを見る限り、父親の権力は絶大なものらしい。


「殿下は、そもそも外交のために政略的に結婚するのは嫌だとおっしゃっていたんだ。だから、お前にも充分チャンスはあったのに、それをみすみす逃すなど……。クラスタ家の名に、泥を塗りおって」


忌々しく吐き出すクラスタ伯爵からの表情は、ぞっとするほどに冷たかった。黙って父親の怒りを受け止めていたリンデル嬢が、そこで顔を上げる。


「ですが、お父様。まだチャンスは残っておりますわ」


「ほう。何か秘策でもあるのか?」


「はい。どうか、あと少しだけお待ちください」


まるで品定めでもするように、クラスタ伯爵がリンデル嬢の顔をまじまじと眺めた。


「……わかった。あんな華奢な小娘なんかより、お前の方が賢いに決まっておる。力ずくでも婚約者の立場を奪うんだぞ」


「はい、お父様」





廊下の向こうへと消えて行く二人の後姿を見送りながら、ソフィアは早鐘を刻む胸をおさえた。


あのサロンでの出来事以来、リンデル嬢のソフィアへの態度は変わった。


以前のようにあからさまに悪口を言ったり、肩をぶつけてきたりはしない。その代わり、時々すごむような視線を浴びせるのだ。


それは嫌悪感を飛び越えた、怨みに近いものだった。リンデル嬢のその視線を感じる度に、ソフィアは身の毛のよだつ感覚がするのだった。



< 89 / 191 >

この作品をシェア

pagetop