冷酷な騎士団長が手放してくれません
この城の夜は、土と甘い花の香りがする。リルべの開放的な緑とは違い、それは心を惑わせる香りだった。


夜、ソフィアはベッドに横になったものの、なかなか寝付けられずにいた。バルコニーの向こうからは、欠けた蜜柑色の月が、室内に淡い光を差し込んでいる。


罪悪感に、不安に、恐怖。様々な負の感情が、ソフィアの胸を支配していた。


柱時計の音ばかりが、耳に付く。


いよいよ眠れなくなったソフィアは、起き上がると裸足のままバルコニーに出た。





夜風が、汗ばんだ肌を撫でていく。


欄干に手をつき、ソフィアは自分の右手を月灯りに晒した。


白い肌に、薄茶色の傷痕がはっきりと浮かび上がっている。


ソフィアは目を閉じ、その手に頬を寄せた。こうしているだけで、負の感情に侵食されそうな心が、癒されていく気がした。


(会いたい……)


私の、唯一無二の下僕。





――ソフィア様。






風の唸りが、どこからともなく懐かしい声を運ぶ。


リルべの湖畔でキスをする直前、リアムが囁いた声だった。


あの時のもの悲しい声音が、ソフィアの心の奥に響いて離れない。


度々、こうやって思い出してしまうほどに。


幻聴だと分かりつつも、ソフィアは瞼を上げずにはいられなかった。


だが、中庭の茂みの中に見覚えのある人陰を見つけ、みるみる目を見開く。







闇に煌々と映える、黄金色の髪。遠くからでも人を射抜く、神秘的な青の瞳。


「リアム……?」


ソフィアは、バルコニーから身を乗り出した。


見間違いではなかった。


中庭の茂み、白く咲き誇るライラックの木の脇から、リアムがこちらを見上げていた。
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