冷酷な騎士団長が手放してくれません
夜会は、王座の間から控えの間を挟んだ、大広間で行われる。


アンザム邸のパーティーホールの何倍の広さもあるそこは、絵画で装飾された高い天井から、幾つもの煌びやかなシャンデリアが釣り下がっていた。


ロココ様式の柱が等間隔に並ぶ白亜の壁には、客人たちが腰を落ち着かせることの出来るビロードのソファーが用意され、端に据えられた長テーブルには、シルバーのクロッシュに覆われた料理が香ばしい匂いを漂わせながらずらりと並んでいた。






日暮れと共に色鮮やかなドレスや軍服に身を包んだ貴族たちが次々と姿を現し、人々の活気を盛り立てるように、音楽隊がヴァイオリンやフルートを奏で始める。


「ソフィア、待たせたな」


ソフィアが広間で客人への挨拶に追われていると、ニールがやって来た。ここ数日も外交で城を離れていたため、会うのは三日ぶりだ。


「殿下、お久しぶりでございます」


ソフィアはスカートをつまみ、ニールに向けて会釈をした。


漆黒の髪を今日は後ろに流したニールは、濃紺の軍服に白色のズボンという正装だった。たすき掛けにされた勲章と、上腕部に並んだ記章が、彼の凛々しさを引き立てている。


ニールはしばらくの間、目を奪われたかのようにソフィアを見つめていた。恥ずかしさに、ソフィアは視線の行き場を失う。


「いいドレスだな」


「はい。私などにはもったいない品物でございます」


「まさか。君意外に、そのドレスを着こなせる女がいるとは思えない」


ニールは妖艶に瞳を細めると、「君の美しさは、罪だな」と呟いた。


「会う度に、俺の心を掴んで離さない」


「殿下……」







ニールの指先が、シルクの手袋をはめたソフィアの右手を持ち上げる。


そして、物憂げな目線だけをソフィアに残し、唇を寄せる。


ソフィアは、はっと目を見開いた。


その手袋の下には、リアムとの絆の証である傷痕があるからだ。


気づけば、ソフィアはニールから逃げるように右手を引っ込めていた。
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