短編集
丸い星
世界は広いから。
手をつないで、迷子にならないように。
暗闇もあれば、明るい世界もあるだろう。
その中を君と歩ければそれが幸せなのかもしれない。
だから、手を離さないで。
どんなに辛くても。
僕が君の傍にいるから。


風が吹く世界。
その場所に立てば、体が揺らぐほどに、きつい風。
隣に立つ少女は赤いワンピースを身にまとい。
白いスニーカーを生足ではいていた。
ワンピースのスカートがばたばたと音を立ててはためいている。
遠くに見える木が一本。
それ以外は何も無いただの草原。
緑と青と。
空に浮かぶ小さな白い雲だけがそこの世界を彩った。
僕の手を握る少女の手が汗ばむのを感じた。
ばたばたとめくれるスカートから白い足が覗いていた。
僕がその手を握り返して、歩き出す。
まずはあの木の所までいってみよう。
そう、思いながらあるいていた。
会話なんて無かった。
会話ができるほどの風じゃなかった、が正解かもしれない。
僕の真っ黒な髪が、揺れてた。
半そでのシャツから除く僕の腕に鳥肌が立つ。
寒い。
少女の手のぬくもりだけが、暖かい。

木は、まだまだ遠い。
風は少しづつ弱まってる。
かさかさに乾いた唇が口を開くことを拒絶して。
せっかく話せるのに口が開かなかった。
黙々とあるいていると気づく。
太陽が傾いたこと。
緑の匂いがすること。
近づいた木が視覚的に段々とその大きさを明確にしてきたこと。
それでも、その木の周りに比較するものも無いからその大きさが本当はどれほど大きいかなんてわからないこと。
緑の果てにあるものが空と緑の境目であること。
僕の視線を下に移動させてもきっとその光景は変わらなくて。
きっとこの星は丸いんだと思い出させた。

とても大きな木だった。
想像よりももっともっと大きくて。
見上げても、てっぺんなんて見えなかった。
遠くから見ていたときは、あんなにもはっきりと見えていた木の先。
風に煽られてまだ枯れる予定でもなかった緑色の葉がたくさん落ちていた。
緑の香りは、よりいっそう強くなった気がした。
口が開く。
少女に顔を向けて尋ねた。

「君の名前を教えてよ?」

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