契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
L字型のソファに促された青山 登茂子は、早速とばかりにトートバッグとは別に持っていた黒のアタッシュケースをローテーブルの上に置いた。
……先刻、「八木」って名乗ってしもうたけれども、まさか気ぃついたはらへんやんな?
栞はどきどきしながら、彼女の顔を窺う。
……うーん、でも「青山」って、別にめずらしい名前ってわけやないからなぁ。人違いかもしれへんし。
「奥さまが『栞』さんだなんて、作家の方にご縁のある、ぴったりなお名前ですわね」
登茂子は神宮寺と栞に向けて、屈託なく穏やかにそう言いながら、アタッシュケースの留め金をパチンパチンと外して、前面を大きく開ける。
すると、中はベルベッド地のリングホルダーとなっていて、プラチナはもちろんイエローゴールドやピンクゴールドの結婚指輪がずらりと並んでいた。しかも、すべて神宮寺と栞の号数が一対となって揃えられている。
「……うわぁ……すごい……」
アクセサリーに疎い栞でも、思わずため息のような声が漏れた。
……今は「余計なこと」は隅っこに置いといて、せっかくたっくんが買うてくれはるっていうねんから、リング選びに集中するえっ!
たっくんが気に入らはって、ずーっとつけておきとうなる結婚指輪を選ぶえっ!
不発に終わってしまった「たっくんをいつまでもつなぎ留める作戦」第一弾を挽回する第二弾を投下できるかもしれない。
栞は心の中の前向き思考のスイッチを押した。
「小笠原の見立てですべてご用意しましたが、念のためこちらで号数を確認いたしたいのですが、よろしゅうございますか?」
登茂子がサイズを測定するためのリングゲージをじゃらりと取り出しながら尋ねる。
そして二人とも測った結果、やはり小笠原の言うとおりの号数であった。
「……武尊のヤツ、相当遊んでやがるな」
神宮寺がぼそり、と言った。
栞は、『遊んで』いるのは彼らの一族の細胞に潜む「DNA」の所以であろう、と思った。