夢の続きを
私が席に着いて、ひと息吐いた時だった。
「田辺くんて、格好いいよね」
「ね。あんまり笑わないところもクールで素敵」
すぐ後ろの座席で、話しぶりからフィギュアスケート選手に詳しいであろう女の子たちが海翔のことを話題にしていた。私は思わず、バッグの中身を確認する振りをして聞き耳を立てる。
「しかもスケート上手いし。来年のオリンピックは難しいと思うけど、その次は絶対行けるよ!」
「同年代の選手より頭ひとつ出てるよね。四回転ジャンプだって、ほとんど出来るようになったじゃない?」
やはりよく見ている、と思わず唸った。アクセルジャンプは除くが、海翔がルッツジャンプ以外の四回転ジャンプを安定して披露出来るようになったのは最近のことだからだ。
海翔が認められると、自分のことのように嬉しい。興奮を押し殺そうと、私は思わずバッグを抱きしめていた。
(後で海翔に教えないと! ……嫌がりそうだけど)
我慢できずにふふふと笑いが込み上げる。相変わらず表情が乏しくて何を考えているのかイマイチ分からない海翔が、どんな表情を見せるのか想像するのが楽しい。でも、できれば彼女たちにはもっと色々と見て欲しい。海翔はジャンプだけではなくて、ステップやコレオスパイラルの流れるような動作も、とても素敵だから。
その後の会話を聞くまでは、のんきにそう思っていた。
「でも、田辺くんて彼女いるんでしょ? ショックー!」
「あー、知ってる。よく試合観に来てるんだって」
「ええ! じゃあ、今日もいるのかな? どんな人だろう」
(えっ?!)
思わず振り返りそうになってしまい、慌てて前を向く。私は無意味に頭を低くし息を潜めて、彼女たちの話題が変わるまで縮こまった。今はまだ騒がしい会場の中、自分の心臓の音がドクドク聞こえてくるようだ。
ーー今話題に出ていた海翔の〝彼女〟とは、もしかしたら私のことかもしれない。
海翔のことが好きだから、そういうフィルターがかかってしまっているのかと思っていたが、どうやら世の中の女子も海翔を〝格好良い〟と思っているということを知ったこの日。
まさかそんな風に噂されているだなんて思いもしなかった私は、今までの自分の軽率な行動を悔やんだ。