能ある狼は牙を隠す


たぶん今がチャンスだ。
単なる偶然が重なっただけとはいえ、狼谷くんが早くに登校してきたのも、目が合ったのも、タイミングが良い。

私は九栗さんの手を引いて狼谷くんの席まで行くと、周囲の目も忘れて彼に声を掛けた。


「狼谷くん、おはよう」


さっきからずっと私を凝視して固まる狼谷くんに、若干の違和感を覚える。


「いきなりで申し訳ないんだけど、ここの現代語訳って分かる?」


私がそう問うと、彼はようやく何かを思い出したように「ああ……」と息を吹き返した。

解説を始めた狼谷くんを観察しながら、一歩後ずさる。
九栗さんと狼谷くんが普通に会話をしている光景に、近くの人は少し驚いた様子だった。


「お。九栗が朝から勉強とか、明日雨降るんじゃねえのー?」


向こうでの友達との雑談が一段落したのか、霧島くんが顔を出す。


「はあ〜? っていうか霧島、あんたも狼谷くん見習いなさいよ。人のことバカにしてる場合なの?」

「よゆーよゆー。分かんなかったらまた狼谷が教えてくれるからな!」

「結局人任せじゃん!」

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