能ある狼は牙を隠す


唐突に頭上から聞き慣れたテノールが降ってくる。
瞼を開ければ、そこには視界いっぱいに映る狼谷くんの顔があった。


「わっ……お、おはよう……!」


慌てて背筋を伸ばして、髪を整える。
私と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ狼谷くんは、柔らかく微笑んだ。


「おはよ。……ここ、まだ跳ねてる」


彼は自身の頭の左側を指してそう言うと、僅かに目を細める。


「えっ! どこ?」

「んー、ここ」


狼谷くんの手が私の頭に触れた。ぐっと身を乗り出すようにして距離を詰めた彼から、柑橘系の香水の匂いがする。


「あ、狼谷くん、またオレンジのつけてる?」

「うん、つけてる。いい匂い?」

「ふふ。いい匂いだよ」


肩を揺らした私に、狼谷くんも嬉しそうに頬を緩めた。
私の髪を梳いた彼の手が、そのままやんわりと頭を撫でてくる。


「ね、今日も放課後居残りだって。立て看板作るらしいよ」

「えっ、そっかあ……頑張ろうね!」

「ん。頑張ろ」

< 234 / 597 >

この作品をシェア

pagetop