能ある狼は牙を隠す


長考の後にそう伝えてみる。
なるほど、と長い睫毛を伏せて頷いた彼は、私の意見を咀嚼しているようだった。

と思いきや、次の瞬間、勢い良く拳を胸の前で握る。


「ありがとうございます、ちょっとやってみます!」


そして犬飼くんが立ち上がり、腕を自身の作品に伸ばしたと同時。


「あ、」


ばしゃ、と無慈悲な音が響いた。机の上に置いていた筆洗がものの見事に倒れている。
溢れ出た水はたちまち広がって、すぐそばにあった犬飼くんの作品が浸水してしまった。


「うわ! どうしよ、やっちゃった……!」


彼が慌てて身を引く。

そう。犬飼くんが憎めないのは、こういったドジな一面もあるからだ。
本人にしてはかなり悲惨な状況に陥ることがほとんどだけれど、癒されてしまうというか、ついつい世話を焼きたくなる。

近くに乱雑に放り投げてあった雑巾を手に取り、私は急いで水を拭き取った。


「大丈夫? 制服濡れてない?」

「わっ、すみません! 僕が拭きますから……!」


わたわたと焦ったように声を上げ、彼は必死に謝る。
あまりにも健気で、少し笑えてきてしまった。


「大丈夫だよ。私もごめんね、こんなところに置いといて」

「白先輩は悪くないです! 僕がいけないんで……」

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