能ある狼は牙を隠す


散々走って風に煽られたけれど、髪の毛ぼさぼさになってないかな。
そんなことが気になって、私は前髪を押さえながら挨拶を返す。


「あ、えっと……具合はもう大丈夫……?」


恐る恐る聞くと、狼谷くんは頷いて目を細めた。


「うん、もう平気。ありがとね、昨日」


こくこくと馬鹿みたいに何度も首を縦に振る。
彼の表情も声も優しくて、咄嗟に返す言葉が見つからなかった。

昨日のはなかったことにしろってことなのかな?
それとも、本当はまだ怒ってるけどこうして接してくれているんだろうか?

考えても答えが出るはずはない。
一人で首を傾げる私を横目に、狼谷くんは歩き出す。


「羊ちゃん、急がないと。遅刻するよ」

「あっ……うん!」


そうだった、チャイム鳴る前に教室入らないと遅刻だ!

慌てて靴を履き替えて、狼谷くんを追いかける。


「珍しいね、こんな時間に登校するの。寝坊?」

「わ、忘れ物しちゃって……」

「なに忘れたの」

「スマホとお財布……」


はは、と隣から笑い声が上がった。


「おっちょこちょいなんだ、羊ちゃんって」

「たまたま! 今日だけだよ!」


私の反論に、狼谷くんは「はいはい」と肩を揺らす。

その後、二人揃って教室に入った私たちは、好奇の目を向けられて。


「ねえ玄! あの子と付き合ってんの!?」


そんな女の子たちの追及に、狼谷くんはなんてことないように宣ったのだ。


「違うよ。友達」


と。

< 26 / 597 >

この作品をシェア

pagetop