能ある狼は牙を隠す



そわそわと落ち着かない。
普段使い慣れている美術室だというのに、自分一人しかいない状況が珍しくて不安になる。

体育の授業が終わって教室へ戻る途中、後ろから肩を叩かれて振り返ると、犬飼くんだった。


『先輩、今日の放課後は帰らないでちゃんと来て下さいね』


それだけ言って立ち去った彼。この間のこともあって気まずかったけれど、ぎくしゃくしていたのは私だけのようだった。

消化不良のままも良くないし、きちんと謝ろう。それでまたいつも通りだ。

かくして放課後、美術室へやって来たはいいのだけれど、誰の姿も見当たらない。鍵は開いていたから部長か誰かが既に来ているはずだ。

みんなここのところ一生懸命だったから、今日は寄らずに帰ってしまったんだろうか。そうも考えたけれど、そもそも文化祭が間近なのに有り得ない話だ。

とりあえず電気をつけよう、と荷物を置いて立ち上がった時だった。


「白先輩」

「わっ!?」


両肩に手を置かれて飛び上がる。
胸を押えながら恐る恐る背後を確認すると、小首を傾げる犬飼くんと目が合った。


「もー、びっくりしたよ……後ろのドアから入って来たの? いつの間に……」

「はは、すみません。ちょっと驚かしたくて」

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