能ある狼は牙を隠す

SS 雲外蒼天 ―Gen Kamiya―



「狼谷くんは、世界一素敵な男の子なんだから」


彼女が言う。しゃくりあげながら、俺の目を真っ直ぐ見据えて。

その言葉がにわかに信じ難く、聞き間違いかと疑った。
だって、有り得ない。俺は世界一大切な子を裏切った。一番最低な方法で。

それでも浅ましい自分は、彼女を諦めることなんてできなかった。彼女が他の男の手に堕ちるだなんて、考えただけで吐きそうになる。


『いいこと教えてやるよ。何でお前がそんなに俺が憎いのか、彼女を綺麗に守りたいのか』


敵に塩を送っていることは分かっていながら、そう口にしたのは気の迷いなどではない。


『お前は彼女が好きなんだ。だから俺に嫉妬した。彼女を自分だけのものにしたくて、俺を排除しようとした』


自分がそうだったからだ。認めてしまうのがどこか怖くて、一度嵌ってしまえば抜け出せない、底なし沼。
何か吹っ切れたように俺を睨んだ相手に、少し前までの自分を重ねてしまった。

彼が本気で彼女のことが好きだと言うのなら。彼女が彼を選ぶのなら。俺は、舌を噛み切ってでも堪えるべきなのだろう。
俺はきっとこの先、彼女への気持ちを昇華できないまま生きていくのだと。そう思っていた。


『ごめんなさい!』

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