能ある狼は牙を隠す



「ふあ……」


すっかり夜も深い街中。閉店後の店から出てきた人影は、気怠そうにあくびを漏らした。


「お疲れだねえ」


その背中が通り過ぎる直前、労いの声を掛ける。
目の前で進んでいた足がぴたりと止まり、双眼が私を捉えた。


「……ストーカーで訴えられてぇのか?」


絞り出された声は低く、彼の機嫌がかなり悪いと一発で分かる。


「こうでもしないと、学校では話してくれないでしょ」


玄が最近バイトを始めたというのは、風の噂で聞いた。流石に職場の特定はすぐにとはいかなかったけれど、今こうして彼と出くわせたのだから、不可能ではないというのは明白で。


「話すことなんてねえよ」


歩き出した彼に、私は投げかける。


「あの子には手ぇ出してないんだ?」


再び足が止まった。振り返った彼の顔が、酷く、私を睨めつける。……ビンゴだ。

彼女と話して、かまをかけて、違和感を覚えた。
いくらあの子が真面目だからって、玄のやんちゃぶりを知らないわけがないだろう。私が玄とした、と言ったぐらいで動揺しないと思っていた。むしろ、自分だってした、と張り合ってくるかと思ったのに。

私の言葉に怯えて、震えて、傷ついていた。


「……何。何でお前がそんなこと言えんの」

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